書評<15時17分、パリ行き>

2015年8月21日、15時17分にアムステルダム駅を出発した高速列車はパリに向かっていた。その乗客の中に、気のおけない幼なじみ3人のアメリカ人の若者グループが乗り合わせていた。その車内に、イスラム過激派の男が重武装して現われた。大きな犠牲が発生するはずだったテロは、乗り合わせたアメリカ人の勇気ある行動によって防がれる。そこにはどんな物語があったのか?実際に起こった事件を詳細に綴ったノンフィクション。

軍属ではあるものの、決してエリートではなかった2人と、カリフォルニア在住の普通の若者。3人はいかに大規模テロを未然に防いだのか?主人公たちの視点を中心に、過去と現在を交錯させていく。
この「英雄物語」のテーマの中心は”導かれる運命”といったところだろうか。”ヨーロッパ周遊旅行”を楽しんでいた主人公一行は、ヨーロッパで出会った女の子たちから「パリは感じ悪い。行かない方がいい」と言われていたのにも関わらず、高速鉄道に乗車した。乗車前に身障者を介助したゆえに、最初に乗ろうとした車両に乗らなかった。そしてテロリストともみ合いになったときに、カラシニコフが起こしたジャム。偶然が、勇気を奮い起こした神が若者たちを助けたのか?英雄譚というよりは、運命を考えさせられるノンフィクションである。


初版2018/02 早川書房/ハヤカワ文庫NF

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書評<極夜行>


探検家として、著述家として知られる著者は、数年前からグリーンランドのシオラパルクという世界最北の小さな村に通い、交流しながら新たな冒険を準備していた。太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、極夜と呼ばれる長い漆黒の夜の中、グリーンランドを横断しようというのである。
著者のポリシーによりGPSを使わずに、厳しい冬を踏破する冒険。ゆえに六分儀の取り扱い方の学習や、食糧デポの準備など、万全な準備を数年に渡りしていたはずだったが、自然と運命はそんなに甘くなかった。アクシデントだらけの冒険行から著者は生きて帰れるのか?とにかくトラブル続きのノンフィクション。

著者としては”何もかも予定通りいかない”、そんな冒険行を綴ったノンフィクションである。日本の日常から抜け出して非日常に飛び込むとはいえ、多くの危険が潜む極夜行に著者は多くの準備時間を費やしていた。なのに、天測機器を出発早々になくし、季節外れのブリザードに巻き込まれ、備蓄していた食料を奪われ…トラブルはあげればキリがない。著者はそんな状況におかれてもたえず思考し、危機を乗り越える。むしろトラブルのおかげで、読者である我々にとっては極夜におかれた人間の精神と肉体の状況を疑似体験出来るのかも知れない。
山あり谷ありそのもの、何度も読む価値のあるノンフィクションである。


初版/2018/02 文藝春秋/ハードカバー

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書評<絶滅危惧種ビジネス:量産される高級観賞魚「アロワナ」の闇>

アクアリウムという趣味は、大金が絡むビジネスである。その中でもアジアアロワナの希少種は富裕層の投機の対象にもなっており、東南アジアでは養殖も盛んである。著者は3年半かけて世界15カ国の「現場」をめぐり、最初は熱狂的なコレクターや世界屈指の養殖業者を訪ね、そのビジネスの実態を取材。そうした中で探検家ハイコ・ブレハや魚類学者の出会いから、ボルネオの奥地やミャンマーの交戦地帯まで、希少な野生のアジアアロワナを探索に足を向けることとなる。

熱帯魚ビジネスの中でも、高価な部類に入るアジアアロワナの取引と野生種の実態を探りながら、ワシントン条約や新種ハンターといった部外者が知りえない世界を探求していくノンフィクション。美しい淡水魚とは思うが、その価値が分からない著者が野生種を追いかけていく様こそ、何かに取りつかれたコレクターそのものといえる。絶滅危惧種ビジネス、フィッシュマフィアなどと物騒な言葉が並ぶが、それゆえに知的な興味がそそり、どんどんその世界が知りたくなる。著者は読者のそうした興味を共有しつつ、気まぐれな探検家と奥地に分け入る。遺伝子組み換えによるアロワナの品種改良ビジネスまで登場しようとする状況で、野生種の価値とは何か、ワシントン条約とは何か、そうしたことを読者に問いかける。単なる裏ビジネスの告発ではない、そんな一冊である。


初版2018/01 原書房/ハードカバー

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書評<オリンピック秘史 120年の覇権と利権>

これを書いている現在、韓国で平昌オリンピックが開催されているが、南北朝鮮の合同チーム出場など、オリンピックの”政治利用”に事欠かない大会であったことは間違いない。だが、近代オリンピックはその当初から、崇高な理念とは別に、政治や経済との絡みに事欠かないスポーツ大会であった。本書は近代五輪の父、クーベルタンの時代から現代まで、オリンピックの舞台裏を明かしていくノンフィクションである。

あらゆるものがそうだが、オリンピックもまた、その理念を変えながら発展してきた。当初は女性の参加は歓迎されなかったし、黒人も同様である。また、オリンピックはアマチュアリズムからプロフェッショナリズムへと、商業主義への転換の歴史でもあり、オリンピックを経済や政治の転換点に使おうとする国家に事欠かない。本書はそうした歴史を明かしていく。特に近年はオリンピックの大規模化により、開催国家や自治体に過大な負担をかけ、巨大企業とIOCだけは巨大な利潤を上げながら、地元住民は搾取に苦しむという「祝賀資本主義」そのものになりつつあることが問題視されている。オリンピックの開催地に立候補しようという国、自治体はもはや少数派である、近年の経済のグローバリズムと同じく閉塞感を感じざるを得ないのだ。
果たしていつまでオリンピックとスポーツが「大衆の麻薬」「経済的搾取」であり続けるのか?そんなことを問いかける一冊である。

初版2018/01 早川書房/kindle版

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書評<アルテミス>

人類初の月面都市、アルテミス。地球とは違う環境で生きるためのルール以外はわりと緩く、雑多な人々の集合であるアルテミスで、主人公ジャズは零細密輸業者を営んでいる。ジャズはアルテミス有数の実業家から仕事の依頼を受ける。それは企業買収のための破壊工作だったが、多額の報酬に目がくらんで仕事を受けるジャズ。だが、それはアルテミスの存続の危機につながる事件のきっかけに過ぎなかった。著者が軽妙な書き口で送る、SF×ミステリーが本作である。

「火星の人」で陽気で前向きなギークを主人公にした著者の、次に選んだ舞台は月面。そして主人公はおてんば(というには年食ってるが)な女性である。非合法な商売にも手を出すが、基本的には自分の正義をとおすジャズ。そしてそれを、父親をはじめとした大人たちがなんだかんだで助けて、アルテミスの危機を救う。初期のウォシャウスキーシリーズを思い出さずにはいられない物語。それでいて、物理と経済の法則は曲げない、キッチリとしたSF。見事である。映画化も納得。

初版2018/01 早川書房/kindle版

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書評<暴君誕生――私たちの民主主義が壊れるまでに起こったことのすべて>

アメリカ国民はなぜ、政治経験がなく、発言内容が過激なうえにコロコロ変わる変人を大統領に選んだのか?本書はローリングストーンズ誌のコラムニストが大統領選に密着して大統領選の実態について取材し、アメリカ国民がいかに愚かな選択をしたか、その要因を書き記していく。

まず著者は、基本的に上から目線でトランプ大統領の選挙活動を批評する。後の大統領となるトランプ氏と同様に変人ばかりの共和党の大統領候補選び。まるでリアリティーショーのごとく、大統領選挙をスキャンダル豊富な娯楽のように報道するマスコミ。
確かに愚かな大衆とマスコミかも知れない。だが、そうしたワシントンのインサイダー目線こそが、トランプ大統領誕生の要因ではなかったか?2016年の選挙はリベラル的なポリティカルコレクトネスと、現実社会の乖離に飽き飽きしたいわば下層民の反乱なのではないのか?著者こそが、そうしたアメリカ国民の分断を見失っていたのではないか?そう思わずにはいられないコラムの集合体である。著者のようなリベラルな目線、共和党支持者を見下す目線こそが、裏返しとしてのトランプ大統領への支持であると思う。そこが正されない限り、今のアメリカは変わらないだろう。大衆の麻薬であるはずのハリウッド映画業界や音楽業界でさえ、庶民とかけ離れ、支持を失う世界に、我々は生きている。

初版2017/12 ダイヤモンド社/kindle版

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書評<黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い>

国政選挙、地方選挙に関わらず、マスコミは泡沫候補、本書の著者が無頼派候補と呼称する候補者が立候補する。彼らはマスコミに取り上げられることはないが、供託金を支払って選挙活動を行う、立派な候補者だ。著者は地知事選挙などを通して、彼ら無頼派候補の立候補の動機と選挙活動の実態をリポートする。

正直なところ、家族や親族に政治家か政党活動家でもいない限り、代議士選挙に立候補しようと思わないのが日本の現状だ。それでも政治家になろうとする時点で”変わり者”扱いされる日本の風土の中で、立候補しようとする彼らの主張と選挙活動に密着取材したものが本書である。
正直なところ、無頼派候補のなかには社会人としてどうよ、という人物も多い。だが、彼らのような候補を受け入れ、少数派の意見をくみ上げるのも民主主義である。現に、欧米では正統派の政党から立候補する、正統派の政治家ではない人物が自治体の首長や大統領になる時代だ。政治の世界は変わりつつあるのだ。
翻って日本はどうか?民主党政権の大失敗により、保守本流が大きな力を持っているのが現状である。それが変わるには、やはり無頼派候補の活動いかんにかかっているのだ。どうにも頼りない現状の野党に変わる、無頼派候補が日本にも表れるのか?無頼派候補に注目は集まるような選挙も見てみたいものである。


初版2017/11 集英社/kindle版

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書評<我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち>

我々ホモ・サピエンスは現在のところ単一種であり、他のホモ属、本書でいうところの「我々ではない人類」がいない、珍しい種である。だが、かつては多くの土地に我々とは違う人類が存在していたことが明らかになっている。ジャワ原人、北京原人、ネアンデルタール人などが良く知られている。ホモ・サピエンスは出アフリカの後、世界に伝播したことが明らかになっているが、彼らはどういう運命を辿ったのか?我々との生存競争に敗れ、絶滅したのか?また、混血はあったのか?そもそも、他の人類は出アフリカであったのか?人類学者は化石の発掘により、多くの謎を解き明かそうとしている。

今、アジアの人類化石の発掘が非常に盛んであり、多くの化石から人類の伝播の歴史の謎が明らかになりつつある。出アフリカ人類がどのように分散、分岐し、ホモ・サピエンスだけが生き残ったのか?遺伝子解析の結果とともに、現時点での最新の研究結果をレポートする。小さな化石の小さな違いが、多くの歴史の分岐点を示唆する、ゾクゾクする研究だ。大洋と様々な大きさの島と海峡の存在がアジアでの人類の分散のポイントであり、我々だけが生き残った理由もそこにある、というのが著者の”感触”だ。我々より古い人類は島に渡り、亜種を生んだが、ホモ・サピエンスは伝播の速度が速く、亜種が生まれる間もなくアジアに生息域を拡げたらしいのだ。まだまだ研究が続く分野の、興味深いレポートだ。

初版2017/12 講談社/ブルーバックス

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書評<星屑から生まれた世界 進化と元素をめぐる生命38億年史>

かつて進化生物学者のスティーブン・グールドは著書「ワンダフル・ライフ」で「断続平衝説」を唱えた。生物の進化は一定方向にあるのではなく、偶然に支配されており、生物進化のテープを巻き戻しても同じ進化が起こる可能性は非常に低い、と。しかしながら、元素とその周期表から生物を捉えると、それが覆ることが分かってきた。元素とのその科学からみた、生物進化の物語が本書である。

元素の化学反応は常に一定方向に進む。それは化学のセントラルドグマの1つである。ビッグバンによりこの宇宙が生まれ、飛び散った元素が一定量ならば、宇宙と恒星・惑星の成り立ち、生物の進化さえも一定方向にあるはずだと本書の著者は主張し、解説していく。地球が形作られる反応の順位から、たんぱく質の反応順位さえも予測出来るはずなのだ。
本書の説は、生物学からみた進化と生体内の化学反応しか知らない自分のようなシロウト科学好きにとっては新鮮だ。近年の分子生物学にも一致する。しかしながらSF的なマインドやロマンは減るだろう。炭素原子が渡す腕の数が生物を生んだのなら、他の元素を中心にした生態系は成り立たないのだ。「星屑から~」とロマン溢れる題名だが、それがちょっと減る一冊である。

初版2017/12 化学同人/ソフトカバー

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書評<サルは大西洋を渡った>

地球上の生物はどのように生まれ、拡散・分断され現在に至るのか?ダーウィンの進化論およびヴェゲナーのプレートテクニクスの定着以後、主流となっていたのはパンゲア大陸で進化した生物が、大陸移動により分断され、またそれぞれに進化した「分断分布説」であった。ところが近年、現在の生物のDNA分析や行動分析により、風や海流といった自然現象により多くの生物が大洋を渡ったとする「分散分布説」が台頭してきている。本書はその「分散分布説」がどのように研究され、理解されてきたかを解説する。

いかにも海水に弱そうな淡水の両生類がどのようにして海を渡ったのか?あるいはなぜ、大洋を渡る能力などなさそうなサルたちのDNAが、大西洋両岸のそれぞれの種で一致点があるのか?本書はそうした「分散分布説」の謎を明かしていく。DNAの分子時計ですべてを計算するのではなく、風が昆虫を運び、大河の淡水の固まりがそのまま海水中を移動する様をフィールドワークで解明していく。パラダイムの変化を指し示す、生物学の長編である。

初版2017/11 みすず書房/ハードカバー

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