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2006.07.15

書評<バイオポリティクス>

バイオポリティクス―人体を管理するとはどういうことか
米本 昌平
ES細胞、クローン人間、臓器売買といった“生命科学”と呼ばれる分野の科学は、宗教や歴史的価値観により、その是非が大きく左右される。科学の探求が物理学や自然科学など“外なる自然”から、人体という“内なる自然”に向きつつある21世紀、暴走しがちな科学的探究をどうコントロールするかは政治問題であり、“バイオポリティクス”という言葉が生まれた所以である。本書は、世界が生命科学に対してどのような態度でのぞみ、ルール策定を行い、さらに未来に向かってどうすべきなのかを検討する。
本書はまず、インフォームド・コンセントといった従来の医学的立場が、こと生命科学が関わる先端医療分野においては、既に限界がきていることを指摘する。そのうえで、世界の先進国で進むヒトゲノムの解析や、ヒト胚を使った研究に対し、先進国がどのような態度でのぞんでいるのかを比較する。アメリカは完全に自己責任社会であり、何でも企業活動に結びつけてしまう資本主義の権化である。ヨーロッパは古きキリスト教的価値観も生きており、イギリスを除いては生命科学に対して慎重な態度でのぞんでいる。
そして生命科学の分野でも、南北問題が表面化している。いわゆる臓器売買だが、国際社会がグローバル化する以上、移動の自由は止められない。ここでも政治がなんらかの形で介入しなければ、問題はさらに深刻化するだろう。
問題は日本である。科学研究と政治の関係は浅く、現状では生命科学のあらゆる分野において、圧倒的に法律不足である。著者は官僚制度を批判するだけでなく、なんとなくお上が決めることに従う、我々市民こそが問題意識を持つことが必要であると提言する。
「難しいことは専門家にまかせて」と庶民は言い、専門家である科学者は「科学は中立であり、政治には口を出さない」と言い、政策官僚は「それはウチの管轄ではないので」という、堂々巡り。それを断ち切って、新たな倫理が生み出さなければならない。“内なる自然”の科学の革命は今起きつつあることなのだから。

初版2006/06 中央公論新社/中公新書

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