書評<マルドゥック・スクランブル>
マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮
マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼
マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気
冲方 丁
近未来。戦争によるテクノロジーの圧倒的な進化を下地に、戦後復興の熱気に溢れる都市、マルドゥック。少女娼婦バロットはパトロンに爆殺されかかれ、瀕死のところを、犯罪の証人保護を生業とする”事件屋”に救出される。その事件屋―元軍属のドクターとテクノロジーの産物である、金色のネズミの姿をした万能兵器―とともに、新たな力を手に入れたバロットは、自分を陥れたカジノのディーラー、シェルの犯罪を暴くことを決意する。
先週のベトナム往復の飛行時間13時間を、睡眠なく過ごした主な要因が本作。ここ数年の”SFベスト”であることは知っていたが、”ネズミ型の万能兵器”という設定にどうしても手が伸びなかった。だが、いざ読んでみると、その疾走感溢れる文章に引き込まれてしまった。
本作に引き込まれる要素は2つある。1つはアクションシーンとギャンブルシーン。グロテスクな描写に甘えず、撃つ者の怒りと撃たれる者の恐怖が伝わってくるアクションシーン。そして本作のメインともいえるギャンブルシーンは、ギャンブルには無縁の自分にも、繊細でありながら大胆、すべての能力を振り絞るそのシーンに、自分がそのテーブルについている感覚になる。
2つ目は”有用性の証明”というテーマ。戦後という時代、必要とされなくなった”意志を持つ兵器”と、恵まれない環境で育った娘が、自らの存在を証明するために戦う。過去のフラッシュバックを消し、現在の立ち位置を証明しようとしているのは、主人公の敵たちも同じだ。
エロ・グロと、著者の訴えたいテーマと、まるで海外SFの翻訳文のようなウィットなジョーク。著者が今まで吸収したものと、表現したいものがせめぎ合っている。そのギリギリのバランスが、本作の魅力だ。
初版2003/05 早川書房/ハヤカワ文庫JA
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