書評<対テロ戦争株式会社>
左向きの方が好む陰謀論の1つに「アメリカは軍産複合体を儲けさせるために戦争を繰り返している」というものがある。これに対する反論はごく簡単で、兵器メーカーの世界規模の業界再編・統合がとどまることなく進んでいる現状を説明すればいい。マクダネルダグラスF-15イーグル、ジェネラルダイナミックスF-16ヴァイパー、リパブリックA-10サンダーボルトⅡ、ロックウェルB-1ランサーといったアメリカ空軍で主役をはる航空機を開発したメーカーは、いずれも既になく、どこかのコングリマリットの一部となっているのである。
だが、メーカーではなく、広く軍事分野に関わる民間企業まで視野を広げるといささか事情が違う。イギリスはサッチャー、アメリカはレーガン以後、軍事に関わる仕事を民間に下請けに出すことが積極的に進められ、特に対テロ戦争以後は一般にも知られるようになってきた。いわゆる民間軍事請負会社(PMC)である。
その仕事は一番目立つ要人警備から、ロジスティックスやいわゆる心理戦、諜報戦といった広い分野に及ぶようになった。それによって、軍隊がそうした仕事に直接かかわるより、費用が減少し、仕事がうまくいくならそれでもいいかも知れない。実際には多くの事項において物事はうまく運ばず、ただ経費だけかさんでいく現状がある。
本書はこうした”安全保障に関わる会社”がいかに政治に深く取り入りながら仕事を引き受け、なおかつまったく不完全な仕事をしてきたかを指摘する。イラク戦争以後、PMCが注目を集めることとなったが、本書は前記したように1980年代前半まで時を遡り、例えばイラクでのブラック・ウォーター社に関わる事件がいきなり起きたのではなく、それ相応の経過があったことを記している。
ただ、「民間(市場)にまかせれば、公務員がやるよりうまくいく」神話が軍事だけでなく、あらゆる分野で崩れていることも確かであり、こうした流れが変わるのか否か、現在がちょうど分岐点のような気もする。本書を読むと政治にがっちり食い込んでいる印象のあまたのPMCの今後がどうなるのか?我々も見守っていく必要があるだろう。
初版2008/10 河出書房/ハードカバー
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