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2008.12.26

書評<ハーモニー>

「大災禍」と呼ばれる、核爆発を含む多発的な紛争状態から立ち直った人類は、命を価値を最優先とする高福祉社会を実現していた。「Watchme」と名付けられた医療ソフトで常時健康状態を管理され、分子制御による投薬システムにより病気は消滅。その代償として人々は過剰な倫理を受け入れ、プライバシーといえばセックスのことぐらいしかない。主人公はそんな社会に辟易しながらも、世界保健機構の監察官となり紛争地帯に身をおく。紛争地帯にのみある自由を求めて。
そんな社会で、全世界同時に数千人が自殺する事件が起きる。目前で古い友人の死に向き合った彼女は、監察官として捜査に乗り出す。そこに人類の未来を左右する陰謀と、かつての親友を見出す。


どこかのSFに”僕たちの幼年期の終わり”というオビをつけたものがあったが、本書にこそ、その名が相応しい。長い進化を経て、意識をもった人間がどこに向かうのかを、逃げることなく描き切っている。衝撃的な処女作だったため、オリジナル2作目がいかなるものか期待が高かったが、まったく裏切られなかった。

極端な医療社会というSFガジェットは、人間一人ひとりがこなすべき”生きるために必要なこと”をどんどん外注に出す現代社会の延長線上に確実にあり、背筋が寒くなる思いがする。もちろん、ストーリーも秀逸。自己矛盾を承知で自分勝手に生きる主人公はどこか痛快で、謎ときももったいぶることなくスピーディーに進み、一気に読み切ってしまえる。前作は衝撃的ながらどこか消化不良だった結末だったが、本作はそれを払しょくしている。


士郎正宗著「APPLE SEED」という未完のマンガがある。舞台は第3次大戦後の荒廃した地球に建設された、オリュンポスという名のユートピア。人間の野蛮さを抑えつけているがゆえに、不安定要因も抱え込む。それを排除するには、人間の意識を制御するしかない。だがそれはすでに人間ではない。それゆえ、オリジナル遺伝子を守り続ける法律も制定する・・・このあたりで物語は途絶えている。不完全ゆえにユートピアを追う人間、ユートピアゆえに不安定になっていく人間。自意識と、生存本能と、社会的動物であることの葛藤を抱える、ヒトという生物の哀れさ。あるところまでは本作とテーマが同一である。まったく個人的な感想だが、本作はこの「APPLE SEED」に1つのケリをつけたように思える。80年代から求めていた物語への1つの回答。SF分野では、今年一番の収穫だ。

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