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書評<暴走するセキュリティ>

統計上は日本の犯罪は減り続けている。”今日的な犯罪”とされる少年犯罪や猟奇的な犯罪は、実は過去から繰り返しおきている。ではなぜ、「昨今の日本は治安が悪化している」と多くの人が感じるのか?社会の変貌や、それにともなう犯罪に対する人々の考え方の変化を通して、”体感治安の悪化”とは何を意味するかを提示する。また、治安の周辺に常に存在する精神鑑定を巡る問題や、日本の刑法が定める刑罰と社会が求める刑罰になぜ矛盾が出るのかといった問題についても検証していく。

精神鑑定や刑法を巡る問題は個人の価値観がもっとも反映される事柄なのであくまで個人感想。
著者が指摘する”暴走している”ことの1つが、厳罰化だ。これについては、自衛隊を巡る問題と一緒で”戦後民主主義”に対する反動だと思う。犯罪被害者が声を上げ始めたことで、人権という名の下で過剰に犯罪者が守られているのではないかということに人々が気づき始めた。”人権派”を自認する世間知らずの弁護士の法廷戦術が、火に油を注いでいる。
刑法が大きく変わったわけでないのに”厳罰化”するのは、日本の刑法が「罪刑法定主義」ではないからだ。日本の法律は意外とグレーゾーンが大きく、刑法も細かく刑罰が決まっているわけではない。犯罪ではなく、犯人で判断するという現在の刑法が、話をさらにややこしくしているのだ。これは精神鑑定に絡む問題で、個人的には犯罪被害者の事を考えると、罪刑法定主義への転換に大きく舵を切っていいと思う。

その他、日本の治安と犯罪について考えるのにはいいキッカケになる1冊である。

初版2009/03 洋泉社/新書Y

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Comments

 管理人殿、ボクは刑法にはあまり詳しくありませんが、裁判所では法律の条文より、判例が最優先で判決を下します。
 事例ですが、昭和40年代には、親殺しに適用された「尊属殺人罪」の刑法200条が、最高裁で「法の下の平等に反する」と判断したため、
この判決以降、刑法200条の「尊属殺人罪」は裁判所で適用されなくなりました。と、あるように、判例は条文より力があるのです。
ですから、刑法は改正しなくても、厳罰化は可能になるわけです。

 小学生の女の子を殺害した小林薫容疑者は、殺人の前科がないのに死刑となりました。これは社会的影響・世論・裁判官の良心
などもありますが、一人の殺人であっても、死刑という極刑になる場合もありうるということですね。

Posted by: きよかず | 2009.03.23 at 19:26

>きよかずさん
一応、法学部出身なので、一般の方からは”前例主義”とも見える”判例主義”も重要であることは分かるのですが・・・正直、昨今の早すぎる時代の流れについていくことができない、と個人的には感じています。

Posted by: ウイングバック | 2009.03.24 at 22:45

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