書評<雑食動物のジレンマ>
人間が進化の歴史を勝ち抜いてきた一因に、雑食性だったことがあげられる。動物の肉から植物まで何でも食べられる人間は、生息域を拡げ続けた。だが、何でも食べられるがゆえに食事に対するコストを押し下げ続け、また資本主義の論理は食料の生産を著者のいう”工業的農業”や”工業的畜産”にしてしまった。それは当然ながら、不自然極まりないものである。本書はそうした食料生産の現状と、その対比として実際に狩猟採集を体験し、それを比較し、我々が何をなすべきかを示唆するものである。
本書にはアメリカのいくつものイビツな食料生産・販売の事例が挙げられている。一昨年に世界が食料高騰に見舞われた時に、それを差し置いてコーンをバイオ燃料にするアメリカに批判が集まったが、今やアメリカで生産されるコーンはそうした加工用にしかならない、大量生産のみを追求して品種改良されたものであったこと。そうした農薬漬けの大量生産品に背を向けたのが有機食品だったはずだが、それも今やただのイメージ、あるいはブランドになり下がっていることなどである。
競争が進み過ぎて、逆に今や巨大資本に支配されているアメリカは極端な事例だが、世界中がかの国の方向に進んでいることは確かである。欧州には伝統的にファーストフードへの反感があり、日本では消費者が移り気過ぎて某巨大流通グループの一極支配が頓挫してしまうなど抵抗はあるが、「安価」という武器には何にもかなわない。状況を変えられるのは消費者の意識のみである。狩猟採集をしていた時代も含めて食料確保にはそれなりのコスト(時間もこれに含む)がかかっていたことを思い出すべきであり、農業や食肉処理の現場を見て、我々がどんな禁忌を犯しているのか、考えるべきであろう。
食品メーカーに勤め、アメリカの歪んだコーン生産に多少なりとも関わる一員として、いろいろと考えさせられるノンフィクションであった。
初版2009/10 東洋経済新報社/ハードカバー
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