書評<ブルーインパルス>
高い技量で我々を魅了する航空自衛隊のアクロバットチーム、ブルーインパルス。だが、歴代のチームが栄光だけで彩られていたわけでは決してない。82年11月14日、浜松基地航空祭でのT-2墜落事故をはじめとして、いくつもの事故で犠牲者を出している。本書はブルーインパルスに所属したパイロットや周辺の当事者のインタビューを中心にして、F-86を機材として使用した創成期から、事故が多発したT-2時代を中心にその歴史を追ったものである。
本書は決してブルーインパルスの通史ではなく、浜松航空祭での墜落事故を中心に据え、ブルーインパルスに関わったパイロットたちの生き様を描くノンフィクションである。現在でこそ事故と無縁の演技を続けるブルーだが、ハチロクからT-2の時代にかけてはまさに命がけの飛行であり、空自の平均事故率以上の殉職者を出している。ハチロクはともかく、機動性が低い上にエンジンが非力なT-2のアクロは無理があった。自衛隊が税金泥棒と言われた時代に、その組織の中でも”戦わない部隊”であるアクロに所属するパイロットたちは何を目的に、何を考えて飛んでいたのか。貴重な証言でその現場を垣間見ることができる。
そして82年に起きた浜松基地祭での衝撃的な事故。ブルーというだけでなく、空自にとってもシリアス・アクシデントの1つである。当時は「航空情報」の記者だった著者が集めた情報により構築された事故状況は詳細で、当事者たちのインタビューは生々しい。希望的な推測も混じるが、事故の真相らしきものも明らかにされる。
さらに80年代、技量の点では空自最高の部隊のはずであったブルーとは別に、アグレッサー部隊が編成され、パイロットたちの中でもブルーの立ち位置がブレ、メンバーのリクルートにも窮するようになる。度重なる事故によって外部から批判されるうえ、さらに内部からもブルーが瓦解の危機にあった時代があったのである。
”栄光と苦悩”とは伝記によく使われる常套句である。美しい航跡を描くブルーの写真集が栄光なら、本書はブルーの苦悩を描いたノンフィクションである。”空軍”の中でアクロチームとはどんな存在なのか?プライドの高いパイロットたちが集まる中でのチームワークとは何か?そんなことを垣間見ることができるのが本書である。
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