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2012.01.29

書評<まおゆう魔王勇者 5あの丘の向こうに>

魔族と人間の共存の象徴になりえる存在であった開門都市であったが、歪んだ欲望に取り憑かれた宗教指導者や貴族に率いられた10万を超える清鍵遠征軍に包囲され、陥落寸前であった。南部連合が戦場の周囲で遠征軍を攪乱するが、戦場の趨勢を変えるには物足りない。このまま、魔王と勇者が望んだ「丘の向こう」は幻のまま、世界はまた混沌に向かうのか?魔王と勇者の物語に決着がつく。

率直に言って、まさに大団円といえる素晴らしい物語の結末であった。物語の最終巻である本書は、戦場の情景描写は包囲戦とそれを崩そうとする開門都市周辺での機動戦を中心として展開させ、それに勇者に生まれたゆえの孤独の物語を織り込みながら進んでいく。主人公である魔王と勇者の存在感を消すことなく、周辺の人物たちが確固たる決意の元に行動し、戦う姿の描写は見事であり、またRPGのベーシックな攻略を思わせる最終決戦へ向かう構成もぐいぐいと読者をひきつける。
登場人物の固有名詞を定めず、会話形式で進む文章の特異さが注目されがちだが、成長していく登場人物の描写こそが、まさに本書の真骨頂だろう。遠い昔、ドラクエ3をクリアしたときの胸のすく感じを思い出した一冊であった。

初版2012/02 エンターブレイン/ソフトカバー

2012.01.28

書評<スエズ運河を消せ―トリックで戦った男たち>

ジャスパー・マスケリンはロンドンで人気を博すマジシャンである。第2次開戦初頭、国家への奉仕を決意したとき彼はすでに39歳であり、兵役適合年齢はとうに過ぎていた。だが、ジャスパーを見込んだイギリス軍は、彼をカモフラージュ部隊に所属させ、同じく変わった経歴を持つ男たちとともに、北アフリカ戦線に投入する。彼らはそれぞれが持つ技術を生かし数々の”マジック”を出現させる。砂漠の機甲部隊の位置を誤認させ、夜間に幻のアレキサンドリア港を出現させるなど、ロンメル将軍率いる”砂漠の狐”たちを惑わせるのだ。これはジャスパーを中心にした、カモフラージュ部隊の記録である。

マジシャンがカモフラージュ部隊に所属され、ロンメル将軍と直接戦火を交わさず戦う・・・ほとんどエンターテイメントの世界であるが、実際に戦場であった物語である。そこにはマジシャンだけでなく、気難しいが色彩に抜群の知識を持つ画家、手先の器用な大工など配属され、人間の錯覚を巧みに利用するマジックの知識を生かして巧みに幻の港や戦車部隊を出現させるのである。なんとも痛快なエピソードの連続であるとともに、戦場でのカモフラージュがいかに重要かも分かる。空中からの偵察は軍用機の根本的な任務の1つだが、それを欺瞞することによって、戦場における主導権を左右することもあるのだ。

ただし、Amazonのレビューを見ると、ジャスパーの物語には創作がかなり含まれている部分もあるようだ。確かに、確かに信頼していた副官の死や部下の恋愛など、いかにもハリウッド映画的な部分もあるが、それを差し置いても上質で痛快な、戦場の物語には違いない。

初版2011/10 柏書房/ハードカバー

2012.01.16

書評<放射線医が語る被ばくと発がんの真実>

東日本大震災に伴う福島第一原発の事故に伴い、放射線に対する不確かな情報が飛び交っている。ネットだけで情報に接していると、今回の事故での放射線の影響は、福島第一原発近隣を除けば自然環境下の被曝と誤差範囲内という”安全厨”と、もはや福島県民は移住して土地を棄てるべきという”危険厨”の両極端に国民が分断されていると感じしてしまうほどだ。本書はそうした状況下、現役の放射線科医が放射線の被曝量と発がんの関係を簡潔にまとめたものである。結論からいうと、今回の事故ではがん関係の患者は増加せず、むしろ過剰な対応に伴う避難生活の方がストレスを貯め、寿命を縮めてしまうというのが著者の判断だ。広島・長崎の原爆による被爆者とチェルノブイリの事故による被爆者から集めたデータから、そのことを説明する。

Amazonの投稿レビューを見るだけで、今回の事故に対する状況判断が分断されているのが分かる。本書はいわば”安全派”の本であり、今後のリスク管理をしっかりすれば、目に見えてガンが増えるという事態は考えられないとしている。重要なのは何をリスクとして捉えるかだ。例えば、本書によると現状の低容量放射線被曝と喫煙を比較すると、発がんリスクは喫煙が2倍高いそうである。福島の緊急避難準備区域に住んでいる人より、上司の副流煙を吸ってるオレの方が、発がんリスクが高いのだ。同様に放射性物質の含有が怖いからといって、偏食を重ねているとそちらの方が疾病の罹患リスクが高い。本書に書いてあることが100%正しいとは言わないが、どうすれば現状のベストなのか、参考の一助にはなろう。

初版2012/01 ベストセラーズ/ベスト新書

2012.01.15

書評<日本VS韓国 ありそうでなかった! 日韓サッカー徹底比較>

Jリーグ開幕以前、海峡を隔てた隣国である韓国は、日本サッカーが世界に進出するにあたっての”壁”であった。お互いがワールドカップ出場の常連になっても、そのライバル関係は続いている。近くて遠い国、韓国と日本のサッカーはどのように違うのか?その背景にある文化的・民族的違いは何か?長くサッカー専門誌にて韓国サッカー界の情報を発信している著者が、それを明かしていく。

よく政治家やマスコミが「同じアジアだから仲良くしよう」などと”韓国推し”を主張しているが、そんなのは幻だと思う。人種的には近いのかも知れないが、地理・宗教・食文化など、基本的な条件がまるで違うのだから。もちろんそれはサッカーとその周辺にも現れる。速攻への高い意識、国家代表としての過剰なプライド、プロリーグのマーチャンダイジングに対する考え方など、比べれば比べるほど違いは顕著だ。
本書はこうした日韓サッカーの違いを軽いノリで教えてくれる。大上段に構えた本ではないが、サッカーを通して韓国という国の知らなかった一面を教えてくれるコラム集だ。

初版2012/01 ぱる出版/ソフトカバー

2012.01.10

書評<動物が幸せを感じるとき―新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド>

人間がペットとして長年慣れ親しんでいるネコやイヌ、家畜であるウシやブタ、あるいは動物園の飼育動物など、我々の回りには多くの動物がいるが、それらの動物たちの”感情”は分かっているようで、あまり理解がすすんでいないのが現状である。これはペットとして動物に触れる一般的な都市住民だけではなく、それら動物の調教師や飼育師など、いわゆるプロであっても同様らしい。本書はそうした人間に縁がある動物たちの行動原理の最新の研究結果から、動物たちがどんなときに緊張して恐怖を感じているのか、あるいはリラックスして”幸せ”を感じているのかどんなときなのかを解き明かしていく。

我々の仲間のほ乳類の動物たちは、行動原理が単純な生存や繁殖に対する欲求だけではなく、かといって人間のごとく複雑な心理に支配されているわけでもなく、かえって分析が難しい存在である。本書はその行動原理の最新の研究結果から、保守的になりがちな動物に対するものの見方を変え、もっと動物が心理的負担を減らして長生きできるようにするにはどうしたらいいかを提案している。著者は動物学者でありながら、大手食品チェーンベンダーに食材を供給する飼育場の環境改善にもたずさわっており、動物愛護への極端な論調にはならず、しごく公平で冷静に動物たちを守ろうとする姿勢に好感が持てる。
本書で明らかにされる動物行動学と、ナショナルジオグラフィックスあたりに登場するドッグ・トレーナーたちの言うことと比べてみるのも、愛犬家には面白いかもしれない。

初版2011/12 NHK出版/ソフトカバー

2012.01.09

書評<ドイツ高射砲塔>

ナチス・ドイツ体制下で、首都ベルリンをはじめとした”戦略都市”を敵爆撃機から防衛するために建設されたのが高射砲塔である。一義的には高射砲の射界を確保し、より少ない高射砲で敵機を迎撃するのが目的であるが、大規模な建築物に格段の興味を寄せていたヒトラーが高射砲塔を”戦勝記念碑”として100年先も残る建築物とすることを意図したため、独特の迫力と壮麗さを持つ建築物となった。分厚いコンクリートで構築された高射砲塔は市民の防空壕としても機能し、数万の人々を救ったともいわれる。本書は有名な高射砲塔の建設経緯などを明らかにし、その戦役を辿っていく。また、高射砲塔の戦闘を辿るため、ドイツに対する都市空爆や、ドイツの高射砲のラインナップも概観している。

押井守監督作品「アヴァロン」において、クライマックスの戦場として登場した高射砲塔。二次大戦の知識に乏しい自分は、初見のときはすっかり架空の建築物だと思っていた。それぐらい、現実離れした建築物が高射砲塔であろう。兵器のカッコよさの基本は”機能美”だが、高射砲塔にはどこか中世の城郭を思わせる壮麗さを感じさせ、それがまさにヒトラーの意図であることが、本書を読むと分かる。高射砲塔だけではなく、ドイツ製火砲の高い技術力の結晶である高射砲について、開発経緯や配備が簡潔にまとめられていて、コンパクトだが資料性も高い。
二次大戦後、ドイツを占領した各国の軍が高射砲塔を爆破しようとしたが、例外なく苦労している。現代の戦闘機が使用するバンカー・バスターあたりが使用されたとしたら、高射砲塔は機能を失ったのだろうか?そんなことを妄想してしまうのであった。

初版2011/12 光人社/光人社NF文庫 

2012.01.05

書評<サッカーと独裁者 ─ アフリカ13か国の「紛争地帯」を行く>

先進国や新興国の争奪による資源高騰を背景に、携帯電話の普及によりいわゆる”スモールビジネス”も発展、論者によれば”経済発展の最後のフロンティア”とも呼ばれるアフリカ。サッカーに関してもアフリカ出身の選手たちの西欧トップリーグへの進出もめざましい。しかしながら、そうした動きの中で蓄積される富はほんの少数の政府上層部をはじめとした”独裁者たち”に握られているのが現状で、フラットに見ればアフリカは相変わらずの”暗黒大陸”である。本書はそうしたアフリカの国々を巡りながら、アフリカとアフリカサッカーの現状をレポートしていく。

南米のサッカーと為政者たちの距離の近さはよく知られるところだが、アフリカも劣らず為政者たちは民衆の人気取りの一環としてサッカーを利用する。これが端的に現れるのが代表監督交代の頻繁さであろう。また各国のサッカー協会に集まる金も、アフリカにおいては重要な特権の一つであり、協会と選手の諍いの原因になっている。これらがアフリカサッカーの強化の妨げになり、世界的なスターを排出するも、それが国家代表がいつまでたっても一定以上のレベルには達しない要因になっている。本書はこうしたアフリカサッカーの現場をレポートしている。その中にはもはや国家の体をなしていないソマリアの代表召集の困難さをレポートしたものもあり、情熱は確かに存在することは分かる。経済発展も事実なのだろう。しかし、あいかわらずアフリカは混乱の中にあり、サッカーが独裁者に踊らされているのが現状である、と確認せざるをえない。そんなことを感じるノンフィクションである。

初版2011/12 白水社/ハードカバー

2012.01.04

書評<ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争>

<インテリジェンス>とは、単なる”情報”というにとどまらず、多数の情報の中から信頼性を確認され、選りすぐられ分析されて、決定権を持つ人物に提供されるものを指す。本書はアメリカ大統領の決断の元になるインテリジェンスを軸に、3.11同時多発テロ以前から繰り広げられていた情報戦の内幕を明らかにしていくノンフィクションである。さらにアメリカ大統領たちの決断と対比するように民主党政権以降の日本の首相たちがいかに愚かであったかを描き、日米関係の変化に警鐘を鳴らす。

<オペレーション・ネプチューン・スピア>、ビン・ラディン殺害作戦をレポートの”起”と”結”にして、ワシントンにいかなる情報が提供され、アメリカ大統領の決断が促されていたかを明らかにしていくノンフィクション。3.11当時、不眠不休でワシントンからの中継で情報を提供していた著者だけあって、3.11同時多発テロ直後のワシントンの情景は生々しいものの、その他は例えばNHKの”BS世界のドキュメンタリー”あたりをマメにチェックしていれば、どこかで目にした情報ばかりで目新しさはない。
本書の主題はむしろ、武力使用に良し悪しは別にして大統領の果敢な決断と、国家元首でありながら何も決断できない政権交代以降の首相連中の対比にあると思う。特に鳩山政権の愚かさはあらためてため息をつかざるをえない。いかなる幻想が彼の中にあったのかは知りたくもないが、お花畑的な思考のもと、どこの誰もを納得させることができなかった彼の行動が、いまだギクシャクしたままの日本外交と安全保障の元凶であることを思い知らされる。よくぞアメリカが<オペレーション・トモダチ>を実行してくれたものだと感じる。
長いドキュメンタリーや翻訳本を読む時間のない方には、対テロ戦争と日本の対米外交の10年の流れを簡素に復習できる1冊である。

初版2011/12 新潮社/ハードカバー

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