書評<FBI美術捜査官―奪われた名画を追え>
名画や骨董品の盗難というと、前時代的な犯罪だと思いがちだが、実は近年増加傾向にある。それは富裕層の奇特な秘密コレクションなどではなく、麻薬・金融犯罪のマネーロンダリングに関する取引の材料となるのだ。そのため、誰かに鑑賞されることもなく倉庫にしまわれ、ときには喪失の憂き目に会う。こうしたことから、これら名画の盗難事件は単なる盗難事件というより、人類文化の損失だ。本書は、そうした盗難事件を専門に扱ってきた、FBIの捜査官が特殊な犯罪捜査の内幕を自ら明かしていく。麻薬ディーラーや強盗、テロリストを追う”通常の”連邦局の捜査とは違う、特殊な知識と技能を生かした著者の数々の捜査を解き明かす。
アメリカではハリウッド映画の、日本ではアニメとマンガの影響で、美術館からの名画の盗難というと、妙にロマンチックに感じる。だが実際は、徹頭徹尾金銭を目的とする犯罪だ。だが、名画という特殊な商品を換金するのは難題で、そこに捜査官が付け込む余地がある。ゆえに捜査はおとり捜査が主体となり、捜査官の知識と能力が問われることとなる。本書は数奇な来歴を持つ著者が、数々の捜査の内幕を明らかにしていく。自らも芸術に対する知識を深め、数々の駆け引きをこなしていく著者の捜査はなんともドラマチックだが、一方で官僚組織たるFBIゆえの縄張り争いや上司との衝突もリアルに描かれる。数々の映画で描かれてきたFBIの捜査とはまったく違う、特殊な捜査活動を知ることができる貴重なノンフィクションだ。
初版2011/06 柏書房/ハードカバー
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