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<サルファ剤、忘れられた奇跡>

1930年代までの世界において、外傷や出産時における細菌感染は現代では考えられないほど危険で、多くの場合に死をもたらす感染症であった。そこに彗星のごとく登場した史上初の抗菌剤がサルファである。サルファの発見は第一次大戦で悲惨な体験を重ねた医師、ゲルハルト・ドーマクの執念ともいえる几帳面さと、産業革命以後に急速に発達した化学合成が大きな役割を果たした。本書はペニシリンをはじめとする抗生物質が登場する以前、多くの人々を救ったサルファ剤の誕生とその役割を終えるまでの物語である。

衛生状態や栄養状態に対する意識が急激に高まった19世紀後半以後でも、細菌感染はその進行を止めることのできない危険な疾病であった。それが大きく変わったのは、サルファ剤登場以後のことである。だがその誕生の物語は決して奇跡やインスピレーションによるものではない。染料の開発に端を発する膨大な化学物質の合成と、果てしない動物実験による検証による組み合わせによるものであった。それは産業革命以後に可能となった大資本による集中的な資金の投下、国家からの科学技術へのバックアップなどの時代背景に無関係に行われたものではない。本書はそうした産業技術時代の黎明の物語と、悲惨な塹壕戦による負傷治療を経験した医師の執念の2つの物語である。さらに著者は”奇跡の薬”の開発のその後にもスポットを当てる。サルファ剤が開発された当時は、製薬とその効果の検証の仕組みはいい加減そのもので、当然のように副作用による大きな事故も起きている。その事故がいわゆる治験や、大きな権限を持つ組織であるFDA(アメリカ食品医薬局)の設立につながった。サルファ剤は単なる薬品ではなく、社会を変える役目を担ったのである。抗生物質の恩恵を受けている我々先進国の人間は、必ず知っておくべき歴史の一部が本書にはある。

初版/2013/03 中央公論新社/ハードカバー

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