書評<ヨハネスブルグの天使たち>
DX9という日本製の歌う機械人形が各国に普及している近未来。ヨハネスブルグ、ニューヨーク、そして日本と、戦乱と格差で行き詰まり、狂気に至りつつある世界をDX9を通して描き切る、SF短編連作。
テロが頻発し、持つ者と持たざる者が極端に現れつつある現代社会の延長線上に待つものは何か?それを問うているのが本書である。短編の一つ一つは切り離された物語だが、やがてそれが一つに集約していく手法は見事であり、文体自体は簡素ながら民族や宗教、言語とは何かを倒錯した描写で描き、読者自身の価値観を揺るがす。特に「ジャララバードの兵士たち」と「ハドラマウトの道化たち」は、宗教あるいは殉教の意味を厳しく問うている。どのような宗教、民族、イデオロギーといった価値観は対立するものと表裏一体であることを、強く意識させられる。
本書の本文とは関係ないが指摘を一つ。オビに「伊藤計劃が幻視したヴィジョンをJ.G.バラードの手法で描く」とあるが、すでに逝去した彼とは、「この現代の行き着く先」のヴィジョンは似ているが、物語の指し示す方向がまったく異なると感じる。早川書房の編集さんは要検討だと思う。
初版2013/05 早川書房/ハヤカワJコレクション(ソフトカバー)
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