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2015.03.23

書評<王者への挑戦状 世界最強フットボーラーなで斬り論>


スペイン人のサッカージャーナリスト、ヘスス・スアレスがヨーロッパ・トップリーグの選手たちを批評していくシリーズ。いまどきのアスリート的なフットボーラーを良しとせず、技巧とチームプレーを好む彼の批評は舌鋒鋭い。本書はこれまで取り上げてこなかった新鋭選手やディフェンダーなどを取り上げていく。

自分の判断基準がハッキリしているジャーナリストの評論は、ときに読者のフットボール観と衝突し、毒となることもある。しかし、この著者の文章は基準はしっかりしているものの、視点そのものは豊富であり、読者に多くのものを与えてくれる。まだ、フットボール大国がそれに用いる言葉は芳醇であり、読者のフットボールに対する精神や印象を変える力を持つ。著者はその言葉の使い方が巧みで、短い文章でありながら、選手たちのプレーと人生を巧みに表現している。単なる選手評論にとどまらない一冊だ。

初版2015/03 東邦出版/ソフトカバー

2015.03.22

書評<無人暗殺機 ドローンの誕生>

近年、軍事航空機の分野でもっとも発展著しいのが無人機の分野である。それらはUAV、あるいはドローンと呼ばれ、長時間の監視や偵察任務、そして地上攻撃もその任務に含まれるようになり、"ロボット暗殺機"として、不正規戦が中心となる現代の戦争を象徴するものとなりつつある。本書は、アメリカ軍を中心としてもっとも多く運用されているの開発と運用の物語である。

航空機が生まれた直後から、無線による遠隔操縦により飛行する無人機は開発がスタートしている。ベトナム戦争では、偵察や囮を任務として、当時はRPVと呼ばれた無人機が実戦投入されている。それらとプレデターは何が違うのか?端的にいえば長時間飛行を可能とし、見通し線外どころか、アメリカ本土から地球のあらゆる場所を飛行するプレデターをコントロールできること、テレビカメラで捉えた映像をオペレーターに生中継できることにある。現在のプレデターの能力に至るまでに、多くの技術的ブレークスルーがあった。本書はイスラエルの若き天才の物語から始まる。長時間飛行を実現する軽量な無人航空機の開発を国営の航空工業会社に提案したものの、保守的な会社にそれを却下された彼は、アメリカに移住する。そこから始まる技術革命の物語には、多くの天才と先見の明がある経営者、軍人が登場する。登場人物の誰が欠けても、現在の無人機の隆盛はなかったと思えるほど、無人機の開発は"人間的"であった。
プレデターの運用が始まっても、苦難の物語は終わらない。既得権益を持つ者に新勢力は阻まれるのはよくある話であり、アメリカ軍やCIAも例外ではない。また、その新たな兵器をどこの誰が運用し、"引き金を引く"のか、アメリカの巨大官僚組織すら、迷いがあった。なにせ、プレデターが初めてヘルファイアを実戦で使用した際は、命令系統すらハッキリしてなかったのだ。
戦争に関わる航空機のあり方を大きく変えつつある無人機の開発は、意外なほど人間的であり、一本道ではなかった。そんな読後感を残す一冊である。

初版2015/02 文藝春秋/ハードカバー

2015.03.08

書評<カニの不思議>

カニは海辺に住んでいる身近な生物であり、多くの民族にとっては御馳走でもある。、そして淡水から海水まで、海辺から深海まで、生息範囲が広く、そこに住むカニたちそれぞれに多くの特徴を持った生物である。本書はカニの基本的な形態の説明から生活リズム、交尾など生物学的特徴から、漁法や料理法を含めた人類との関わりまで、カニを総合的に説明する。

カニも知れば知るほど不思議な生物だ、とつくづく感じさせる一冊である。本書は意外と知られていない脱皮や幼生段階のカニ生態などを丁寧に説明する一方で、人間との関わりにも多くのページを割いている。読み進むと、極限環境である深海の熱水噴出孔から、そこらへんの海辺まで広く存在し、形態も大きさもそれぞれのカニが特徴を保ちながら暮らしているカニの特徴をしっかりと掴むことができる。
どこにでもウジャウジャいるイメージのあるカニだが、人類の食料資源となっている種類のカニは、絶滅の危機に瀕しているのもまた事実である。欧米では多くの漁業制限がかかっており、資源再生に取り組んでいる。それに比べて日本近海では…という気持ちにならざるをえないのが事実である。水産庁には本書を読んで猛省していただきたい。

初版2015/01 青土社/ハードカバー

2015.03.07

書評<私たちは今でも進化しているのか?>

アメリカの都市部では「パレオ・ファンタジー(石器時代への幻想)」を抱き、石器時代の食事や行動様式を模倣する「パレオ・ダイエット」なるものが流行しているそうである。いわく、人類は生物としての進化が文明の進化(農耕の発展など)に追いついておらず、そのことが肥満などの"現代病"を生み出している、と。我々は本当に進化していないのか?食事や家族、恋愛まで、様々な事例を捉え、我々の"進化"を検証する。

進化いうと、一般的には長い時間をかけて生物が進化する様を想起するが、短い時間で環境の変化に「適応」していくケースも多くある。本書は前記した「パレオ・ファンタジー」に反論するかたちを取り、「早い進化」を説明している。結論からすると、我々の体は想像するよりもずっと早く環境に適応している。いうまでもなくホモ・サピエンスは肌の色に関係なく交配できる単一種なのだが、ウシやヤギの乳を消化できる酵素を持つ民族と持たない民族が存在する。また、日本人は海藻を消化できる数少ない民族である。食事のこと1つ取っても、我々は進化(変化)しつつあるのだ。こうした例はもちろん人類だけではない。世代交代の早い昆虫などは、あっという間に環境に適応し、生き残りをはかっている例がまま見受けられるのだ。本書は「早い進化」を理解するのに最適な入門書である。

初版2015/01 文藝春秋/ハードカバー

2015.03.01

映画<アメリカン・スナイパー>を見てきた

クリント・イーストウッド監督作品「アメリカン・スナイパー」を見てきました。

映画の舞台はイラク戦争。主人公であるSEALS所属のクリス・カイルは、優秀な狙撃隊員として4度もイラクに遠征。その間、180人以上の敵を倒し、狙撃距離1.9㎞の射撃を成功させる伝説な男。一方で、家庭ではよき夫であろうとする、その両面を本作は描きます。

全体的には、イラクのテロリストたちとの激しい戦争を描きながら、主人公は過剰にヒーロー然としているわけではなく、アメリカに戻って家族と過ごすわずかな時も過剰な感情のぶつかりはなく、非常に乾いた映画だという印象が残りました。
しかしながら、多くのことが示唆されていることもまた確かです。同じようにイラクに派遣された弟は精神的に疲弊し、一緒に戦ってきた仲間も、戦争に対して疑問を感じながら、戦死していく。主人公は取り残されたように感じながらもなお、国家のために戦います。長く不毛な戦いを残すものが何か?見る者に問う感触は、人によっては反戦映画と感じるでしょう。
一方で、少年時代に狩猟で射撃を覚え、自分も息子に狩猟で射撃を教えるシーンは、銃という武器で家族と国家を守る「アメリカン・スナイパー」の主題そのものと感じます。「人間は3種類いる。羊、狼、牧羊犬だ」というクリスの父親の言葉は、アメリカの価値観の一つといえます。本作のラスト、道々で人々が国旗を打ち振るカイルの葬送シーンもまた、アメリカの変わらない価値観の現れでしょう。
ミリオタ的な視点だと、4度の派遣の間に主人公たちが使うライフル、あるいは乗り込む車両の変遷が、イラクが長期間にわたり犠牲を重ねた戦場であることを感じさせます。クリスの1回目の派遣では手作りの装甲をまとったハンビーが走っていたものが、4回目の派遣では無人機プレデターが画面に登場します。このことが、戦争というものが変質させたイラク戦争を象徴しています。また、イラク戦争というと民間人の犠牲が強調されがちですが、女性や子供を欺瞞に使うテロリストたちのえげつなさを描き、困難な戦争であったことを掴むことができます。

ベトナム戦争では帰国した兵士が歓迎されず、「ランボー」のような主人公と映画を生みました。現在、アメリカは中東の戦場から帰国した兵士に罵声を浴びせるような国ではなくなりましたが、「実戦で変質する兵士の精神」いう面は決して変わらないのでしょう。乾いた演出でありながら、多くのことを示唆する、素晴らしい映画でした。

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