書評<原子爆弾 1938~1950年――いかに物理学者たちは、世界を残虐と恐怖へ導いていったか?>
この世界の理(ことわり)、すなわち量子が理解されつつあった20世紀初頭、ドイツのある物理科学者が原子を臨界、分裂させ、それを急速に連鎖反応させてとてつもないエネルギーを放出させるアイデアを思いつく。そのアイデアは学者同士の交流により急速に理論化されると同時に、ユダヤ人科学者のイギリスやアメリカへの脱出により、急速に世界に拡散する。さらに第2次大戦の勃発により、それはナチスとアメリカの熾烈な原子爆弾の開発競争となり、やがて日本への原子爆弾投下に至る。本書は核兵器開発の発端からウランや重水の入手競争、アメリカのマンハッタン計画や、ソ連スパイの暗躍など、原子爆弾のの開発成功に至るクロニクルである。
ロスアラモスでの核兵器開発の経緯、そこから漏れる情報によるソ連の予想外に速い核兵器開発など、それぞれの詳細な物語と、その物語がどのように影響しあっていたのかを時系列に繋いでいく。膨大な資料を読み込み、近年開示された秘密文書により、明らかになっていなかった歴史のピースを埋めていく。著者はそれを成し遂げた。本書を読み進めると、物理学者はじめ、当時の関係者たちが何を成したのか、膨大な事実の積み重ねに圧倒されていく。重水やウランといった核兵器にかかせない原材料入手に関わる冒険。”世界の相対的な安定”の理念のもとに、ソ連に秘密情報を提供するスパイ。ナチスとの核兵器開発競争に恐れをなし、がむしゃらに核兵器開発を進めたものの、それがもたらす惨禍に気がつき、苦悩する科学者。それぞれが1冊の本になるほどの膨大な情報量であり読むものを圧倒する。もともと分厚く重い本だが、読後感はさらに重い。
科学と国家と戦争が本気を出せば何を成し遂げられるか?我々が本書から読み取るべきものがあり過ぎる。
初版2015/03 作品社/ハードカバー
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