書評<失われてゆく、我々の内なる細菌>
我々の体のあらゆる場所に、細菌が住み着いている。その数はざっと100兆個。人間の体とそれら常在菌はお互いに影響を及ぼしあい、それら常在菌が”第三の免疫”とも呼べる存在となっている。ゆえに過剰な除菌は、人体に益より害をもたらす。
一方で、細菌の中には我々を害する病原菌も数え切れないほど存在する。それらに対抗するのが抗生物質だ。カビ由来のペニシリンを発端とし、様々な抗生物質が開発され、我々人間や家畜に投与され、感染症に対して、劇的な効果をもたらした。
そして近年、抗生物質の過剰な投与が、マイクロバイオームと呼ばれる我々の内なる細菌たちに、大きな影響をもたらしていることが分かってきた。抗生物質の過剰投与と生活環境の変化が常在菌の減少をもたらし、喘息に代表されるアレルギーなどの免疫異常を引き起こしているというのだ。著者は人間と最近の関係の研究の最前線を追う。
日本は世界でも稀な”清潔・除菌大好き”な国だが、それでも近年は”腸内フローラ”など細菌叢の重要性が訴えられるようになってきた。本書は一歩進んで、人間と細菌の関係の最前線を追っている。
例えばピロリ菌。胃潰瘍や胃がんをもたらす細菌として、胃から”除菌”する治療が行われているが、著者はピロリ菌の減少が喘息の増加を招いているのではないと問う。例えば帝王切開。先進国で多用される分娩法だが、膣で”細菌の洗礼”を受けないため、免疫に貢献する菌を母親から受け継がず、”第3の免疫”を獲得しない事例が増えているという。抗生物質の無秩序な投与による耐性菌の誕生は言わずもがなだ。
本書が唱えている学説はシロウトが判断しても先鋭的で、まだ”定説”になっていないものも多い。だが、我々とともに何十万年も生きてきた細菌との関係が変化しつつあることは確かだろう。今後ともこの分野から目が離せない。
初版2015/07 みすず書房/ハードカバー
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