書評<戦場の掟>
イラク戦争はフセイン政権が倒れた後こそが、地獄の始まりだった。抵抗勢力や過激派による奇襲、IED(即製爆発物)による待ち伏せ、汚職にまみれた政府軍の裏切り。そこで注目されたのは、PMC(民間軍事会社)である。合衆国政府は正規軍による治安活動は限定し、輸送隊や政府要人の護衛など、多様な任務をPMCに”下請け”させた。
本書は小規模なPMCである「クレセント」に所属した、若い傭兵の物語である。イラク戦争で陸軍での実戦を経験した後、平時のアメリカでの生活に馴染めなかった彼は、PMCに誘われ、イラクの地に再び入る。質の悪い傭兵たちとの危険な任務。だが、その任務も破たんが訪れる。それは、彼の家族たちの戦いの始まりでもあった。
本書はイラク戦争でのPMCの実態を赤裸々に綴った、一人の傭兵の物語である。
イラク戦争は、大規模にPMCが導入された最初の戦争だった。高収入に多くの男たちがイラクに引き寄せられた。
問題はPMCの傭兵たちの素行と立場の中途半端さである。軍人ではないので、非人道的な行為を働いても、軍事裁判にかけられることもない。通常の軍隊なら入隊時に弾かれるであろう、素行の悪い人間たちが、高度な武装を保有するPMCはイラクで傍若無人に振る舞った。そこは当然、憎悪に満ち溢れた戦場となる。
本書はこうしたイラク戦争の全体的な状況に触れながら、一人の傭兵の物語に深く入り込む。いい加減としか言いようがない交戦規則、PMC経営本体のバックアップ。とても危険に見合うものではない。
さらに著者の父の死と、取材対象の死が重なり、傭兵たちの戦いのみならず、家族の戦いも主題の1つとなる。生死不明の状態に一縷の望みを託し、一喜一憂する家族。これも不正機戦争の知られざる一面だ。
本書はイラク戦争に参加したPMCを全体に俯瞰するものではなく、あくまで一人のPMC兵士の物語だ。だが、読むものに政府の戦争に対する欺瞞、過酷な任務の闇、PMCという、ロクデナシの集まりの実態など、多くの複雑な感情を抱かせる傑作である。
初版2015/09 早川書房/kindle版
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