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2016.03.21

書評<「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか>

東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故により脱原発の機運が高まり、そこにあらたな安全保障法制の制定検討が加わったことで、にわかにリベラルの反戦・脱原発の勢力が立ち上がってきた。主催者発表で万単位の国会前デモに代表されるその運動は、マスコミにも当然注目される。
しかしながら、その運動は成果を上げられていない。原発は稼働し、安全保障法制は改定された。リベラルの運動が一般市民に影響を与えたなら、内閣支持率は落ち込み、国政選挙にも影響するはずだが、彼らが忌み嫌う安部政権と自民党の政治体制はまったく揺るがない。リベラルはなぜ、政治に影響を与えられないのか?それを探っていく。


朝日新聞はじめとするマスコミや、リベラルな”文化人”たちが大々的に取り上げられ、「これが民主主義だ!」と持ち上げられるわりには、選挙になんの影響も与えられないどころか、結果的に与党の援護射撃となってしまうリベラル勢。反マスコミ勢に勢いがあるネット上でも、その原因が様々に語られているが、本書はそれを体系的にまとめ、歴史的・思想的な分析を加えたものといえる。
それは日本のリベラルがまったく「現実社会に生きていない」ことに尽きると個人的には思う。世界にテロが溢れ、隣国の大国は我が物顔で近隣諸国を圧迫する。そこで「集団的自衛権反対!」などと声を上げても、まったくもって響かない。「アメリカの戦争に巻き込まれる」というは、現在の中東はアメリカさえ正規の陸軍派遣を嫌がる状況だ。現状分析のうえでの思想ではなく、観念論に終始している。
反原発もそうだ。「事故が起こったらどうする」「経済より生命優先」とリベラルは問うが、実際には経済的困難が自殺発生率を上げる。残念ながら、世界に絶対安全などなく、リスクとベネフィットを天秤にかけるしかないのだ。
彼らが観念的世界を生きている証拠は、彼らが大好きなデモに端的に表れる。少数の学生たちと、多数の老人たち。明日の収入を気にしなければならない人は、デモの中にはいない。いかに高齢化社会といえど、生産人口に働きかけのない社会運動など、政府の方針に影響を与えられないだろう。
本来ならこうした自己分析をしなければならないのはリベラルのはずなのだが、それをしないのでリベラルは敗北する。本書はそう一刀両断する。その先にあるのはインナーサークル化と身内の喧嘩と分裂だ。まさに歴史は繰り返す。

初版2016/02 筑摩書房/ちくま新書

2016.03.20

書評<未完の計画機 2 (VTOL機の墓標) >


航空雑誌<Jウイング>の連載である「未完の計画機」をまとめたものの第2弾となるのが本書だ。「未完の計画機」の中でも、VTOL機を取り扱っている。滑走路を使用しないVTOL(垂直離着陸機)はいわば航空機の理想だが、実用機のハードルは高い。本書はヘリコプターの高速化を目指した高速ヘリから一般にも想像しやすい推力変更機、特異な形状をした円盤機まで、幅広くその開発ストーリーを辿る。

航空機の形状や航空力学の研究が進み、またタービンエンジンの登場で推力を発生させる原動機の小型化・大出力化が見込まれた50年代から70年代、航空機に対する人類の夢は2つあった。高速化とVTOL実現である。しかし、重力に打ち勝って飛び上がるVTOLのハードルはとてつもなく高かった。あまたの研究者たちの独創的な発想も、実用機につながったのはほんの一部である。本書は個人のベンチャーから、大企業で華々しく計画された次世代戦闘機まで幅広く取り上げている。まさにVTOL機の屍累々といった感じだが、そこには研究者たちの個性が見えたり、現代の企業名との意外な繋がりなども見えてくる。そこが面白い。
とかく経済性が強調される現代では、新型機といっても冒険しているデザインには程遠く、意外性はまったくないのが現状だ。個性的な研究機が雨後の竹の子のようにニョキニョキと出てきていた時代は、ある意味で幸福な時代であったと感じさせていくれる一冊だ。

初版2016/01 イカロス出版/ソフトカバー

2016.03.19

書評<中国第二の大陸 アフリカ:100万の移民が築く新たな帝国 >

中国経済が急成長を始めた20年ほど前から、中国企業あるいは中国の起業家のアフリカ進出が目立ってきた。道路などのインフラ、スタジアム、病院の建設と石油や地下資源の採掘権をいわばバーター取引する形で、経済成長を続けるアフリカ各国の政府に食い込みつつある。
このことに対し、アフリカの一般市民の反感は強い。自由経済の発端となる小売業も中国人が進出し、アフリカ人の出る幕はない。土木工事の援助とはいっても、中国の場合は資金調達から建設業者、現場の施工業者に至るまで中国本土からの持ち込みで、アフリカの一般市民にはそれを利用するくらいしか利益がなく、ただ失業率を高めているだけなのだ。
本書はそうしたアフリカへの中国の進出の実態を探るものだ。メインとなるのは、アフリカ各国ですでに地場を築いた中国人たち、そのカウンターパートナーである各国政府の要人、政府へ情報開示を求めるNGOなどへのインタビューだ。中国人たちはどのような将来像を描き、遠き地へ渡ってくるのか。中国人たちはアフリカで何を成し遂げようとしているのか?それを明かしていく。

実質的な植民地支配につながるのではないかと、何かと評判の悪い中国人のアフリカ進出。だが、本書を読むとその単純な思い込みは覆される。
まず、アフリカに滞在している中国人は多様だ。もちろん、共産党政府の代理人として資源開発や土地利権に食い込む中国人たちも多数いるが、一方で裸一貫で、チャンスを求めてアフリカに渡ってきたものもいる。文化大革命の余波で正式な教育を受けることもなく、また現在の資本主義的な中国の体制の恩恵を受けることも出来なかった人たち。中国政府の息苦しさに耐えかねて、自由な土地を求めた人たち。エネルギッシュでハングリーなその人たちは、欧米や北アフリカの国々に代わって、アフリカ経済を実質的に支配しようとしている。
だが、それがいつまで続くか?中国政府を後ろ盾にした大企業は、ますますアフリカの資源を食いつぶすだろう。有限な資源が尽きたとき、彼らはどこに向かうのか?起業家であった移民第一世代ともいえる中国人たちの後継者は、中国本土の豊かさを享受し、厳しいアフリカの環境に適応しているとはとてもいえない。
背景が多様な中国人移民が落ち着く先はどこか?アフリカ、あるいは世界の未来がまったく見通せない状況の中で、彼らも例外ではないのだ。

初版2016/03 白水社/ソフトカバー


2016.03.07

書評<シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧>

2015年1月7日、イスラム教を揶揄する風刺画を掲載していたフランスの週刊誌、シャルリ・エブドの編集部が襲撃され、編集部員など12名が殺害された。イスラム過激派の犯行であったが、大きな犠牲にフランス社会は大きな衝撃を受け、憤り、報道と表現の自由、信教の自由を守るとの意図をこめた「私はシャルリ」というボードを掲げた大規模なデモが巻き起こった。フランスのリベラルな社会を象徴するデモだったが、実はそうではないことを、著者は見抜く。事件の背景にあるEUとユーロ通貨体制の中で揺れるフランス社会を分析し、その実態を著者は指し示していく。

著者は人口動態学者として有名な人物であり、本書も街の人の声や政治家の主張といった感情的な議論ではなく、フランスの地方ごとの宗教や家族制度、失業率などを分析してフランス社会の実態を暴いていく。
そこには様々な側面がのぞく。例えばシャルリ・エブド襲撃事件の背景として、パリ郊外の貧困に苦しむイスラム教徒の若者たちがクローズアップされたが、じつはフランス社会は混合結婚(宗教・人種的に)の比率が非常に高く、宗教の壁は報じられるより低くなっており、むしろ若者たちを駆り立てるのは不平等であること。むしろ、イスラムに嫌悪感や恐怖を感じてるのは中産階級であること。ユーロ圏に属し、過剰な経済競争にさらされ、高い失業率こそがリベラルなフランスを変容させており、それに対して政治家がとことん無策であることを、著者は厳しく糾弾する。
ご存知のように、2015年11月には120人以上の犠牲者を出すパリ同時多発テロが起こる。フランスはますます頑なになろうとする。極右の政治家の台頭が懸念されているが、左翼政党である現与党も、基本的に言っていることは変わらないのだ。ヨーロッパの苦悩は終わりそうにもない。

初版2016/01 文藝春秋/文春新書

2016.03.06

書評<ガンルージュ>

北関東の寂れた温泉街。そこにある別荘で、韓国の大物政治家が拉致される事件が起こる。不幸なことに、地元の少年少女2人が巻き込まれた。警視庁の元特殊部員である少年の母親、律子は拉致の事件背景を知り、自らの手で息子を救出することを決意する。相棒は少々型破りな女性体育教師、美晴。韓国の特殊部隊を相手に、2人は少年たちを助けられるか?

著者の他の作品同様、主人公たちの派手な戦いとともに、事件の背景に警察の暗部と官僚の駆け引きが繰り広げられるアクション・ノベル。本作は官僚の暗闘は抑えめで、シロウトの女性が韓国の特殊部隊員相手に大立ち回りを演じ、読む側もストレスの解消してくれる痛快な物語である。そして、美晴にとっては、いまいちだったここ数年のスランプから脱出する成長物語でもある。
一方で、もう一人の主人公の律子は、警察の権力争いの証拠を隠し持ち、過去とともに一人息子と生きることを決意する。対照的な2人の結末まで、ノンストップで読める快作である

ところで、美晴の抱える過去がまるで「新宿鮫」のヒロインと一緒で、おそらく分かってやってると思われる。とすると、かの大物作家へのオマージュ的な作品でもあるのだ。

初版2016/02 文藝春秋/kindle版

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