書評<ドラッグと分断社会アメリカ 神経科学者が語る「依存」の構造>
アメリカにおけるドラッグに関する犯罪は深刻であるが、とうのアメリカ人の多くが、ドラッグとその犯罪発生のメカニズムを誤解している。ゆえに、効果的かつ根本的な解決策を政策として実行していない。著者は自分の半生を赤裸々に語ることで、そのことを明かしていく。
本書はドラッグに関する社会学や犯罪学の本というよりも、黒人の神経学者の具体的体験を軸に、ドラッグ依存の問題と誤解を分析するものである。著者はフロリダの黒人街の生まれで、多くの姉妹を持ち、複雑な人間関係のもとで育っている。著者は幸運にも黒人街から遠く離れ、大学教授として成功している。だが、多くの親類・友人たちは貧しい黒人街にとどまったままだ。彼は地元とは分断してしまった。ゆえに、ドラッグと社会構造の歪な関係を指摘できる立場にある。
神経学者である彼は、動物実験や人間の被験者を通して、ドラッグ(この場合はコカインクラック)がさほどの依存性がないことを指摘する。実際問題として、コカイン体験者のほとんどは依存症には至らない。ではなぜ、人はドラッグを買うのか?それは貧困ゆえに未来のない人生ゆえであり、その不安からドラッグに手を出すし、その取引額の大きさから犯罪に手を染める。そこに人種問題が絡む。ドラッグ経験者は人種を問わないが、逮捕者は圧倒的に黒人が多い。警察はてっとり早くストリートの黒人をしょっぴくのだ。多くの黒人少年たちはそれを繰り返すうち、本物の犯罪者になる。例えばメキシコからのコカイン密輸ルートが断てたとしても、貧困、人種といった社会的な問題が解決しなければ、それに代わる薬物が出てくるだけである。
著者が神経学者でありながら、案外とそれに関する記述は少ない。本書はあくまで著者本人の自伝と、日本人があまり知ることのない黒人社会の実際を知ることが出来る本と見なすべきであろう。
初版2017/01 早川書房/ハードカバー
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