書評<ザ・カルテル>
メキシコは最大の麻薬消費地であるアメリカと国境を接しており、中米の麻薬生産国との中継点の役割を果たす。ゆえに、そこには違法で巨大な利益が発生し、それを巡ってカルテルと呼ばれる麻薬商人たちが縄張り争いを繰り返し、メキシコ各地を殺戮の場としていた。DEA捜査官アート・ケラーは麻薬マフィアの大親分に200万ドルの賞金をかけられながら、メキシコ当局と協力し、カルテルの幹部たちの逮捕に奔走していた。本書は、警察など歯牙にもかけない暴力をふるう麻薬マフィアたちとの30年戦争の物語である。
本書は麻薬を巡る、圧倒的な暴力と殺人の物語である。もちろんフィクションだが、麻薬商人、取り締まり当局、ジャーナリスト、貧民などが直面する殺戮がフィクションではないことは、冒頭で4ページに渡ってメキシコで殺されたジャーナリストたちへの弔辞が証明している。もはやアフリカや中東での紛争、テロに匹敵する残酷な暴力と殺人が、新興の経済国としても知られるメキシコで繰り広げられているのだ。
本書はまた、麻薬を巡る30年に渡る戦争の歴史書でもある。エスカレートする暴力に対抗するため、武装は限りなく軍隊に近づき、逮捕ではなく暗殺が優先される。9.11同時多発テロをはさみ、アメリカが変貌していく様も描かれる。巨大な富を巡る駆け引きと、殺人、そしてわずかな光明。残酷で、鮮烈な描写で、読者に読むのを止めさせない、圧倒的な物語だ。
初版2016/07 角川書店/角川文庫
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