書評<増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊>
ナチスによるホロコーストは、何も一部の異常思想の人間が行った悪行ではないし、強制収容所だけで行われたわけではない。本書は二次大戦中、ハンブルグからポーランドの占領地に派遣された警察予備大隊と呼ばれる部隊の”普通の人びと”がいかにホロコーストに関わり、ユダヤ人たちを殺害していったのか、戦後の裁判の供述をもとに現実を再現し、人間の感情、倫理、思考を分析していく。
ホロコーストというと単純にアウシュビッツなど連想してしまうが、強制収容所に至るまでの道をつくった人々いた。本書はそうした人たちの行動、心理を描いたノンフィクションだ。ゲットーからユダヤ人を駆り立て、強制収容所行きの列車に乗せるのが主任務だが、ときには大量の処刑を実行する。だが、第101警察予備隊大隊の隊員すべてが残酷だったわけではないし、処刑について抵抗がなかったわけでもない。本書は何人かの中心人物を取り上げているが、完全に処刑実行から”逃亡”した兵士がいれば、ゲットーがある”現場”に新婦を同行させる士官がいる。そこにある感情への様々な分析が本書には展開されている。どの理論が決定的なものでもないし、人々を残酷な行為に駆り立てた要因も1つではないのは明らかだ。だが”虐殺に至る何か”を各自が意識できるのは確かだろう。
初版2019/05(増補版) 筑摩書房/ちくま学芸文庫
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