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2019.06.24

書評<増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊>

ナチスによるホロコーストは、何も一部の異常思想の人間が行った悪行ではないし、強制収容所だけで行われたわけではない。本書は二次大戦中、ハンブルグからポーランドの占領地に派遣された警察予備大隊と呼ばれる部隊の”普通の人びと”がいかにホロコーストに関わり、ユダヤ人たちを殺害していったのか、戦後の裁判の供述をもとに現実を再現し、人間の感情、倫理、思考を分析していく。

ホロコーストというと単純にアウシュビッツなど連想してしまうが、強制収容所に至るまでの道をつくった人々いた。本書はそうした人たちの行動、心理を描いたノンフィクションだ。ゲットーからユダヤ人を駆り立て、強制収容所行きの列車に乗せるのが主任務だが、ときには大量の処刑を実行する。だが、第101警察予備隊大隊の隊員すべてが残酷だったわけではないし、処刑について抵抗がなかったわけでもない。本書は何人かの中心人物を取り上げているが、完全に処刑実行から”逃亡”した兵士がいれば、ゲットーがある”現場”に新婦を同行させる士官がいる。そこにある感情への様々な分析が本書には展開されている。どの理論が決定的なものでもないし、人々を残酷な行為に駆り立てた要因も1つではないのは明らかだ。だが”虐殺に至る何か”を各自が意識できるのは確かだろう。

初版2019/05(増補版) 筑摩書房/ちくま学芸文庫

2019.06.23

書評<140字の戦争 SNSが戦場を変えた>

「SNSが世界を変えた」と言われて、まださほどの時間が経っていないが、SNSは既に戦争すら変容させつつある。領域国家vs非国家組織という非対称戦争がメインの戦争の形態のなりつつある昨今、戦争に関与する市民たちのSNSの投稿の影響力は絶大だ。本書はパレスチナ・ガザ地区へのイスラエルの航空攻撃、ウクライナ東部へのロシア軍の浸透といった事例を例にとり、Twitterに代表されるリアルタイムの情報発信がいかに戦争を変えたかを検討していく。

 

本書で検討されるTwitterその他のSNSによる情報発信が戦争に及ぼす影響で印象的なことは2つある。一つは戦争と同じような”非対称性”だ。イスラエルに爆撃されるパレスチナ自治区からの情報発信は、一般人であるがゆえに感情を揺さぶる。自治区の民兵たちも、感情に訴えるため、あえて悲惨な状況を投稿する。世界はイスラエルはなんと非人道的な行為をするのだ、と憤る。それに対し、イスラエルが国家として行う反論は、官僚組織や軍の組織ゆえの制限がある。フェイクニュースを意図的に流すのはさすがに抵抗があるし、ピクトグラムを使った分かりやすい状況説明も、少女の爆撃に対する悲鳴には叶わないのだ。

もうひとつは、SNS投稿の徹底的な分析が、ときに偵察衛星などの”国家的技術手段”では出来なかったことを可能にしたことだ。病的にデータ解析に執りつかれた一般人が、ロシア軍の兵士やその家族が撮影しネットに上げる写真を繋げ、ウクライナ紛争中のマレーシア航空機撃墜事件の”犯人”であるSAM(対空ミサイル)搭載車輛を特定したのだ。ここでも、市民のネット上の繋がりが国家が持つ手段を上回ったのである。

今後、国家による情報伝達の遮断あるいは偽情報の拡散が当たり前になってきたとき(すでに当たり前の国もあるが)、我々ネット民はいかに情報を捉え、判断していくのかが問われる。ネット閲覧で沸き上がる感情を抑え、情報を取捨選択することが重要になる。「誰かと戦っているような気分になること」を厳に慎むべきであることがキーであると思うのだ。

初版2019/05 早川書房/ソフトカバー

2019.06.22

書評<生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む>

ダーウィンの進化論は、現代科学のセントラルドグマの1つだ。しかし、進化論は科学の大前提である「観察と実験による再現性」のうち、観察でしかそれを証明出来ていなかった。生物の進化とは、長い時間をかけて起こるものであり、人間の寿命を前提にすれば「実験による再現」を観察できるとは考えられていなかったからだ。ところが近年、人為的な環境の変化に生物が短い時間で対応しつつあることが解明されつつあり、それを「実験」で証明するプロジェクトがいくつも行われている。本書はそうした大腸菌から魚まで、自然あるいは人工的な生物の隔離実験を紹介しつつ、実験により進化を証明する研究の最前線を紹介する。

 

進化論研究の大御所の一人であったスティーブン・J・グールドは、名作「ワンダフル・ライフ」で「進化のテープを巻き戻しても、同じ進化は再生できない」と看破した。進化とは環境変化によって”偶然”起こるものであり、ほんの小さな環境の変化であってもその生物の将来に及ぼす影響は絶大だからだ。当時は広く受け入れられたが、グールドの理論は既に古くなりつつある。生物は自然の淘汰圧に対し、従来の考えよりもすばやく反応するのだ。もちろん、環境に人為的な介入があってこそなのだが、本質的な議論に影響は及ぼさない。

本書でもう一つ、中心となる議論が「収斂進化」だ。例えば鳥とコウモリの翼の成り立ちはまったく違うが、空を飛ぶ仕組みとして、同じ形態を選んだ。このような例は自然界に無数に見ることが出来る。設定された環境の中で生物は形態的に収斂していくということが、いわゆるDNA解析を利用して証明されつつある。「進化のテープ」は「再生できる」のである。

かつて「ワンダフル・ライフ」に心躍らせたものとしては、グールドの唱える進化論の否定には少し複雑な思いもある。だが、これが科学なのだ。

 

初版2019/06 科学同人/ソフトカバー

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