書評<ザ・ボーダー>
DEA(アメリカ麻薬取締局)のベテラン捜査官だったアート・ケラーがメキシコの麻薬カルテルの王、バレーラを葬り去って1年。メキシコには平和が訪れるどころか、麻薬王の不在により、複数のカルテルの勢力争いが激化し、激しい殺戮の連鎖が巻き起こっていた。アメリカの大物上院議員の依頼により、ケラーはDEA長官に就任、メキシコに安定をもたらすため、極秘作戦を開始する。
アート・ケラーのメキシコ・カルテルとの戦いの最終編。”息子たち”と呼ばれ、同志だったはずのカルテルの二代目たちの抗争は血生臭さを極め、誰も彼もが死に向かって急ぐ。メキシコの警察組織は汚職にまみれ、民衆は絶望している。アメリカには新たに強力な麻薬が蔓延する。そうした絶望的な状況を、アート・ケラーは少しでも変えようとする。今作では特に、アメリカ国内の状況への批判的な記述も目立つ。アメリカの富豪たちは、カルテルの麻薬マネーに投資失敗のカバーを期待し、カルテルはマネーの洗浄を期待する。名前ははっきり出さないが、今現在の大統領の南米への政策や態度についての批判も激しい。アメリカ社会が変わらない限り、カルテルは殺し合いを続けながらも存続していく。アート・ケラーの絶望的ともいえる信念に揺さぶられ、アメリカという国の矛盾を描き出す苛烈な物語の読後感は限りなく重い。
初版2019/07 ハーパーコリンズ・ジャパン/kindle版
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