書評<書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで>
人類が文字を発明し、あらゆる記録を残し始めたのは、紀元前のシュメール時代だったと思われる。粘土板から始まった書物はパピルスの時代を経て、紙の発明により、本の時代になった。そしてそれら書物の歴史は同時に、破壊の歴史であった。権力者は往々にして前時代を消し去りたいものであり、王が変わるたびに書物は破壊された。また人類の歴史は戦争の歴史であり、侵略した土地・宗教・民族・国家の記録である書物はしばしば焼かれる運命にあった。もちろん自然災害や火災は人類の歴史の始まりから避けることの出来ないものであり、しばしば貴重な書物が失われている。本書はそうした書物の破壊の歴史を丹念に辿った歴史書である。
本書を読むと、「逆に現在に残っている古い書物がいかに貴重であるか」をとにかく実感する。それくらい、古代から書物は失われてきた。自然災害や紙の劣化は仕方がないのかも知れない。しかし、国家や宗教、民族の侵略・戦争・略奪によって失われる書物の多さには驚くばかりであり、それは書物の貴重さが充分に認識されてきた近代・現代でも同じことだ。2003年のイラク戦争でのバクダッドの書物の略奪・焼却は目を覆うばかりであった。現在はデジタルの時代で、人類史上稀に見る”コピーの時代”であるが、現在主流のデジタルアーカイブを次世代にどう繋げていくかは考えていくべきであろう。本書に記述される歴史を知れば知るほど、深刻な問題であると認識できる。
権力者が書物を焼くのは前時代の否定が主な理由だが、”多様な価値観を認めよう”と言いつつ、ポリティカルコレクトレスが声高に叫ばれる現代は、緩やかに書物が焼かれている時代なのかも知れない。表現の自由の行き先と、書物の破壊の行く先は複雑に絡み合う。単に政治的な信条の摩擦以上のことが今後起きるのかどうか、見守っていく必要があるだろう。
初版2019/03 紀伊國屋書店/Kindle版
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