書評<大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件: なぜ美しい羽は狙われたのか>
今は大英自然史博物館の別館となっている、ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から、約300羽の鳥の標本が消えた。現在では絶滅危惧種で捕獲が禁止されている南米・北米の鮮やかな羽を持った鳥類の見本は、なぜ盗難にあったのか?そこにはフライフィッシングで使用される毛針という独特の文化と、少数の愛好家を繋げたネットの影響があった。本書は事件に関わった人物たちのインタビューやビクトリア時代の鳥獣類の収集の歴史を絡め、前例のない盗難の真相にせまっていく。
フライフィッシングに使う毛針は一種の芸術品であり、製作者は18世紀よりカタログ化された見本の美しさにせまるため、製作のテクニックを磨く。それだけでも知られざるマニアの世界だが、毛針に使う鳥類の羽が絶滅危惧種であり、ネットオークションで裏取引されているとあっては、ますますマイナーな世界である。それだけに、毛針製作にハマった者たちは、身内からの称賛を得るためにあらゆる手段を駆使するようになり、それが盗難に結びつく。本書は興味深いのは、そうしたマニアのいわば”ありがちな閉じた世界”が、進化論を形作った大航海時代の歴史と、貴重な鳥類の保護といった世界的な問題が結びついている点だ。マニアのネットワークは世界中に及び、マニアたちの”罪の意識”も人それぞれだ。本書は違法取引を追う捜査のノンフィクションであり、マニアたちの人間的な実像を明らかにする貴重なノンフィクションで、非常に興味深い。
自分もマニアの端くれであり、貴重な探しものも(他人には無価値であっても)たくさんある。本書で明らかにされるマニアのせまいネットワークは心当たりがあり、その心境も分からないでもない。そうした収集欲、自己肯定欲を解き放つとどうなるか?教訓にしなければいけない物語である。
初版2019/08 化学同人
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