書評<魔王 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男>
アメリカの数ある違法薬物問題の中でも大きな問題になっているのが、強力な鎮痛剤の違法販売だ。本来は医師の処方箋が必要な薬物を手軽にネット通販できる仕組みを作り上げたのは、南アフリカ出身の天才的プログラミングエンジニアだった。その違法なネット通販で莫大な富を手に入れた彼は、国際的なネットワークを作り上げ、自身はフィリピンに身を置き、イスラエルではコールセンター、エチオピアでは違法な鉱物取引、ソマリアではマグロ漁とその加工と、違法と合法の間を行き来するビジネスを次々と拡大させる。やがて彼は北朝鮮との覚醒剤取引、ウクライナとの武器取引など、真に”マフィア的”な取引に手を出すようになる。本書は違法ビジネスの帝国を築き上げた、一人の男のノンフィクションである。
本書は犯罪者の半生を描いたノンフィクションであり、また彼が拡大させ続けたビジネスの物語でもある。世界でもっとも普及しているコンピュータセキュリティプログラムの開発者の一人であり、まっとうな人生を歩めたはずの男が、なぜ犯罪に堕ちていったのか。そのビジネスの拡大の物語は、一種のサクセスストーリーのはずだった。世界中にコールセンターを設置し、ネットで薬品の処方・販売・配達といったシステムの立ち上げ、優秀な人物を雇用していく。それはITビジネスの成功例ともいえるものだ。だが、そこで得た金が彼をさらに狂わせていく。荒唐無稽ともいえるビジネスの拡大に取り憑かれた男の行動は、映画でよく見る麻薬王とは違う。どれだけ暴力に頼り、奇矯な行動を取ろうとも、本書の主人公は自分などにはどうしてもビジネスマンに見えるのだ。本書はありがちな、”終わりない麻薬と暴力の物語”ではない。グローバルなネットワーク時代の、現代的で新たな時代の犯罪王の物語である。
初版2019/10 早川書房/kindle版
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