書評<反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー>
我々は人類の歴史を一直線に考えがちだ。特に人類文明の発展初期については「狩猟採集生活⇒耕作・農業の発達⇒国の誕生」という流れが常識とされている。しかしながら近年、こうした定説が否定されつつある。特定作物、特に穀物の栽培は非常に重労働であり、そのうえ王による徴税があったのでは、農民たちはたまったものではない。それでは、実際には歴史はどう刻まれたのか?メソポタミアの沖積層の調査の結果を中心に、歴史学者たちの最新の研究を踏まえ、著者が大胆な仮説を唱える。
人類の居住域の拡大、文明の発達には集団による穀物の耕作は必須のものであったことは事実である。だが、歴史はそう単純なものではない。狩猟採集生活あるいは遊牧は不安定な生活だと考えがちだが、季節に合わせた小集団による移動生活は単一の穀物に頼るより、栄養バランスが取れていた。それに、大規模集団による耕作生活はしばしば感染症の大規模な流行を招き、コミュニティを破滅に追い込んだ。これは王家や国家が成立した後も続いたことは事実だ。”人類初の国家成立”は紀元前に遡るが、メソポタミアに限っても、その歴史は途絶えがちで”暗黒の時間”が存在するのだ。このことは文明の発展初期において、人類が柔軟に狩猟採集生活と耕作生活を行き来していることの証左となるだろう。本書はこうした事実と研究結果のレポートを積み重ね、新たな歴史の姿を紹介している。
皮肉な人は「我々はコメ・コムギとネコの奴隷だ」と言う。人類は自分たちに有利なようにこれらを品種改良しているつもりが、実は人間のほうが穀物とネコを世話するように誘導されているのだというのだ。本書を読むと、穀物についてはある意味で正しいと感じざるをえない。かように、穀物主体の農業生活への移行は謎が多く、本書はその理解の一助となるだろう。
初版2019/12 みすず書房/kindle版
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