書評<未熟児を陳列した男:新生児医療の奇妙なはじまり>
20世紀初頭、現代医療の黎明期に、”興行師”であり”医者”であるドクター・クーニーが万国博覧会のある展示で注目を集めた。それは保育器に入った誕生時の体重が1000gにも満たない未熟児たちである。医療はまだ未熟児たちを助けるまでには発達しておらず、医師も親たちに平然と生まれたばかりの赤ん坊の運命を告げた時代に、未熟児たちの死亡率を下げ、また障害が残らないように育てるための保育器をクーニーは開発したのだ。しかし、中世から続く伝統的な医療を引きずった時代に、保育器はなかなか広まらなかった。また、それは金がかかるものであり、未熟児を扱う看護師の技術も高いものを要するため、一般市民に支払える額ではなかった。そこでクーニーは未熟児医療を”興行”とし、見世物としたのである。未熟児医療の先駆者であり、優生学が重視された時代に未熟児医療に情熱を注いだクーニーの数奇な物語を著者は追う。
19世紀末の現代科学の発達期、万博博覧会は科学技術の発達を披露する舞台であり、庶民の娯楽の1つであった。そうした舞台で、先端医療を見世物としたクーニー医師の功績は毀誉褒貶するものがあって当然である。しかし、クーニーの出自はともかくとして、その活動を追っていけば、そこには必ず”赤ちゃんへの愛”があった。それは彼の妻、そして”マダム”と呼ばれることを好んだ看護師も同様だ。クーニーらは頭の固い医師たちにまっこうから勝負を挑んだのだ。そして、優生学が隆盛するなかで、それに対抗する中で未熟児たちを救い続けたのである。
そしてこの伝記は、著者とクーニー医師に救われた未熟児たちの探索の物語でもある。怪しい興行師でもあったクーニーの足跡をたどるのは簡単ではないし、彼が救った子供たちももはや70代以上の高齢者たちだ。生存者の多くは高齢の女性だが、彼女らは自分たちの出自を面白がり、また誇りをもっていた。またクーニーが亡くなり、現代医学が隆盛した1970年代にも、彼を高く評価した小児科医が多数いたのだ。本書はそうしたエピソードを紡ぎ、見事にクーニーの数奇な人生を描き出している。
初版2020/02 原書房/ハードカバー
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