書評<レッド・メタル作戦発動>
初版2020/04 早川書房/kindle版
台湾に対する中国の姿勢が日増しに強硬になっていく情勢の中、アメリカ海軍の内部では前代未聞のスキャンダルが発覚し、太平洋軍に混乱が乗じていた。アメリカ政府は中国をけん制するために戦力移動を開始した。だが、それはロシアがアフリカで失ったレアアース鉱山を取り戻すための陽動に過ぎなかった。ごく一部の情報専門家がその陰謀に気づくが、すでに作戦は動き出し、ロシア軍がポーランド国境を突破する。
ロシア軍のヨーロッパに対する限定的侵攻と、アフリカでの陸戦をシミュレートした、いわゆる軍事情報アクション。偵察衛星など情報獲得・伝達手段が発達しているものの、それに対する妨害手段も実戦を経験しつつあることを下敷きにした小説であり、ロシアによるポーランド奇襲、アフリカでの鉱山を巡る死闘など、非常にリアルに描かれている。GPSやネットをダウンさせ、地上戦力を極秘裏に移動させる手段さえみつければ、現代でも戦略的奇襲が可能なのだ。また、戦闘シーンでリアルなのはロシア陸軍の古強者である老将軍が「アメリカ陸軍はテロ対策にかまけ、野戦を忘れている」と評するところだ。いわゆる”テロとの戦い”に戦力を振ってきたアメリカ陸軍は野戦に関しては意外に実戦未経験であり、航空優勢がない状況では、例えばドローンを使った砲戦でアメリカ海兵隊は不利に陥る。また、世界各国の軍が重視する「統合作戦」を実行することが難しい状況をつくるべく、ロシアは戦力増強をはかっている。高度の射程距離を交差させた強固な対空戦力がそれだ。本書ではみんな大好き攻撃ヘリコプターはやられ役である。
本書はシミュレーション小説でありながら、現状の世界各国の軍隊の戦力組成について問題を投げかけている、意外に深い小説である。
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