書評<中世ヨーロッパ: ファクトとフィクション>
RPGゲームやなろう系小説でお馴染みの中世ヨーロッパの世界。一方で、中世ヨーロッパには”暗黒時代”というイメージもある。人々はカトリックの価値観に縛られ、地球は平面だと思い込み、そのカトリック教会は異端審問で魔女を火あぶりにする。社会は王族を除き不潔な環境で、ペストの流行で多数の人口を失い、嘴型のマスクをした医師が徘徊する。ちまたに溢れるこうした定説は果たして事実なのか?著者は過去に出版された著作を丹念に調べ、その真実を明らかにしていく。
最初に言っておくと、本書はJRPGや中世を舞台とする小説を批判するものではなく、その元ネタともいえる「指輪物語」をはじめとする海外の中世ヨーロッパを舞台とするフィクションの中のイメージを覆していくものである。なので、本来は中世ヨーロッパに対して固定的なイメージを持つ、アメリカの読者向けの本であるともいえる。そして前記したようなテーマについて、フィクションの中のヨーロッパと、同時代に出版された文献を比較し、実際はどうだったかを比較している。
基本的に、本書が訴える事実は主に2つ。まずは中世の定義。ヨーロッパ史における中世とはローマ帝国の崩壊とルネサンス時代の間、西暦500年くらいから1500年くらいの間を指す。例えば異端審問で罪なき多くの女性が処刑された魔女裁判は中世以後、近世で起きた”最近の出来事”であり、カトリック教会の影響力が落ちつつある時代の出来事で、その考察には別の価値観が必要だ。
もう一つの方が重要だが、「中世ヨーロッパは暗黒時代」という”物語”はルターの宗教改革でプロテスタント派の登場以後の文献に多く見られるようになり、特に科学による近代文明が発達し始めた19世紀以後の著作によって語られているということだ。カトリック教会の権威や絶大な権力とその腐敗を批判したいがために、非科学的で悪辣な行動を「事実」として、「歴史書」の形をとって書かれた書物には、当時の文献をロクに調べもせずに書かれたものが非常に多いという事実だ。それが20世紀以後も、そのまま歴史の真実として受け入れられているのだ。もちろん、そうしたカトリック教会の腐敗は事実であるものの、後世の歴史家が書いた書物は嘘や大げさが多く混じっており、20世紀の作家たちに”暗黒時代”のイメージを提供し、さらに読者たる我々が享受しているのである。
本書はどんな時代のことであっても、当時の文献を調べ、固定観念を取り払っていく研究の大切さを教えてくれる著作である。
初版 2021/04 平凡社/ソフトカバー
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