書評<デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場>
両手の指9本を失いながら<七大陸最高峰単独無酸素>登頂を目指した登山家・栗城史多(くりきのぶかず)氏。2018年に世界の最高峰、エベレストにて滑落死した彼は、登頂をネットにて”生配信”するという計画を立て、実行に移した新世代の登山家であった。自己啓発系の人脈を生かして多くのスポンサーを募りながらも、自己を演出し、無謀な挑戦に挑む彼には常に批判がつきまとった。著者は栗城氏のドキュメンタリーを製作したテレビ局のディレクターで、彼の”演出”に深く関わった人物であり、後に疎遠になりながらも綿密な取材により、特異な人物であった栗城氏の死の真相にせまっていく。
自分が栗城氏のことを知ったのはNHKのドキュメンタリーであった。凍傷で指を9本失った彼の無謀で、最期となるエベレスト登頂を追ったものであった。視聴後にネットを軽く検索すると、批判的な記事その他多数がアップされていた。彼はこの本に詳しく書かれているとおり、その人脈も含めてネット民大嫌いな「うさんくさい自己啓発セミナー系の人物」であった(登山関係者を除く)。ネット空間でのし上がっていこうとしていた栗城氏にエベレスト登頂という実績が伴わなければ、死亡という結果さえ批判されるのも無理はない。本書にはネットの評判通りの人物像に近かった栗城氏のヒストリーを追い、彼の人生における様々な決断の裏にあるエピソードやプライベートも赤裸々に綴られている。
一方で、前記した通り、著者は栗城氏の”自己演出”に深く関わったマスコミ側の人物である。かなり深くまで彼の登山にまつわる内情や内心を調査し、推測も加えて、本書を書いているが、果たしてその資格が著者にあったかは疑問は残る。まして、著者はヤンキー先生こと義家弘介氏(現国会議員)を世に送り出した人物だ。マスコミの寵児になることが対象者の人格を変えることを知っていながら、彼を番組に起用した。著者にも栗城氏の死の責任の一端はあるはずだ。”美味しい取材対象”をその死までしゃぶり尽くしている感は拭えない。
”インターネットによるオンデマンド時代の登山家”の人生、その人物に関わったマスコミとの関係まで、様々な問題を問いかけ、ぐいぐいと読ませるノンフィクション(著者の推測も多く含まれるので半ノンフィクションというべきか)であることだけは確かである。
初版2020/10 集英社/Kindle版
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