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2021.06.06

書評<デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場>

両手の指9本を失いながら<七大陸最高峰単独無酸素>登頂を目指した登山家・栗城史多(くりきのぶかず)氏。2018年に世界の最高峰、エベレストにて滑落死した彼は、登頂をネットにて”生配信”するという計画を立て、実行に移した新世代の登山家であった。自己啓発系の人脈を生かして多くのスポンサーを募りながらも、自己を演出し、無謀な挑戦に挑む彼には常に批判がつきまとった。著者は栗城氏のドキュメンタリーを製作したテレビ局のディレクターで、彼の”演出”に深く関わった人物であり、後に疎遠になりながらも綿密な取材により、特異な人物であった栗城氏の死の真相にせまっていく。

自分が栗城氏のことを知ったのはNHKのドキュメンタリーであった。凍傷で指を9本失った彼の無謀で、最期となるエベレスト登頂を追ったものであった。視聴後にネットを軽く検索すると、批判的な記事その他多数がアップされていた。彼はこの本に詳しく書かれているとおり、その人脈も含めてネット民大嫌いな「うさんくさい自己啓発セミナー系の人物」であった(登山関係者を除く)。ネット空間でのし上がっていこうとしていた栗城氏にエベレスト登頂という実績が伴わなければ、死亡という結果さえ批判されるのも無理はない。本書にはネットの評判通りの人物像に近かった栗城氏のヒストリーを追い、彼の人生における様々な決断の裏にあるエピソードやプライベートも赤裸々に綴られている。

一方で、前記した通り、著者は栗城氏の”自己演出”に深く関わったマスコミ側の人物である。かなり深くまで彼の登山にまつわる内情や内心を調査し、推測も加えて、本書を書いているが、果たしてその資格が著者にあったかは疑問は残る。まして、著者はヤンキー先生こと義家弘介氏(現国会議員)を世に送り出した人物だ。マスコミの寵児になることが対象者の人格を変えることを知っていながら、彼を番組に起用した。著者にも栗城氏の死の責任の一端はあるはずだ。”美味しい取材対象”をその死までしゃぶり尽くしている感は拭えない。

”インターネットによるオンデマンド時代の登山家”の人生、その人物に関わったマスコミとの関係まで、様々な問題を問いかけ、ぐいぐいと読ませるノンフィクション(著者の推測も多く含まれるので半ノンフィクションというべきか)であることだけは確かである。

 

初版2020/10  集英社/Kindle版

2021.06.05

書評<欧州の排外主義とナショナリズム―調査から見る世論の本質>

2010年代後半から、欧州では中東・アフリカ地域からの難民・移民の急激な増加や、イスラム過激派のテロの影響により、右翼政党の台頭など排外主義が高まっている。それ以前も欧州への移民はもちろんあったが、シリア内戦やISの台頭による急激な移民・難民の増加は多くの地域で地元住民との摩擦を表面化させた。さらに、人権・人道の観点から難民受け入れを是とするEUのエリートたちと、各国で現実に宗教や価値観が異なる移民・難民と接することになる住民との乖離も排外主義が高まる要因となっている。本書はマスコミなどで報じられる「移民・難民と雇用を争う低賃金層が右翼政党に選挙で票を投じている」という一般的な分析、つまり経済的な要因が排外主義の台頭を促しているのが真実なのか、世論調査を精密に分析することにより明らかにしていく。

本書は読んでまず感じるのは「世論の動向を正確に把握する世論調査の方法と分析はある」ということだ。アメリカ大統領選で世論調査の結果とまったく反対にトランプ氏が当選したあたりから、世論調査に対する正確性が大きく問題になった。”ポリティカルコレクトネス”なるものが政治家だけではなく、一般市民にも求められる昨今、世論調査で「自分の内心を正直に答える」ことに躊躇する人が増えている。自分も電話での世論調査の経験があるが、単純で誘導的な質問が多くあり、現実の社会を反映しているかは大きな疑問だ。だが、巧みに質問を構成し、数学的な分析を取り入れることで世論調査の正確性を高める方法があることを本書は解説する。その後、本論である「欧州における排外主義とナショナリズムの高まりは経済的な要因か否か」を分析していく。

もちろん、一口に「欧州」「EU」といっても多様な国家、地域を抱えており、歴史的経緯もあって一面的に語ることはできない。政治家が選挙に勝利するために、あえて排外主義を主張し、選挙民の価値観の変化と相互作用することもあるだろう。だが、フランスやポーランド、ラトビアなど状況が異なる国の世論調査の分析を通して一貫しているのは「貧困層が排外主義を肯定している」のではないことだ。宗教・文化的な要因に拠るところが大きいのである。もう一つは「EUへの反感」である。大きな”理想”を抱えたEUだが、前段で述べたように移民・難民と接するのはエリートたちではなく庶民であり、宗教や慣習の違いによる摩擦を体験し、テロや犯罪の被害者になるのは庶民である。政治的な正しさと現実社会の摩擦が、排外主義とナショナリズムの高まりに繋がっていることを、本書は証明しているのである。

日本でもネットを中心に「キレイごとと現実」の摩擦が起きているが、せめてマスコミには本書にあるような世論調査の方法を取り入れ、正確な報道に務めて欲しいものである。

 

初版2021/03 新泉社/ソフトカバー

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