書評<スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか>
人類の繁栄の歴史は、感染症との戦いでもある。ペストや天然痘など、多くの感染症を抑え込んできた人類だが、なお危険な感染症が次々と姿を現す。近年、もっとも問題になっているのは人獣共通感染症<スピルオーバー>である。人類の活動領域の拡大に伴い、奥深い熱帯雨林に生息する哺乳類、あるいは鳥類が宿主となっている細菌やウイルスが、人類に重篤な有害事象をもたらし、航空輸送を中心とするグローバル化が、パンデミックをもたらす。本書は気鋭の科学ジャーナリストが感染症研究の歴史を踏まえ、近年確認されているヘンドラウイルス、エボラウイルス、そしてHIVウイルスなど人獣共通感染症について、専門家の意見を聞き、専門家のフィールドワークに同行し、その起源を辿っていく。
翻訳書である本書の原著発行は2013年。よって、昨年より世界的なパンデミックになっている新型コロナウイルス禍については簡単な補稿があるのみである。しかし、そのCOVID-19ウイルスがなぜ、どこからやってくるのかについて、完璧な参考書となっている。前記したように本書は感染症拡大の歴史と基礎知識の解説から始まる。メディアに頻繁に登場する「実行再生産数」などの用語を生み出した研究者たちを中心とした”前史”を踏まえたうえで、鳥インフルエンザウイルスやエボラやマーブルブルク、HIVウイルスの起源と伝播について探っていく。ウイルスの伝播は非常に複雑であり、起源にせまるのは簡単なことではない。それでも研究者たちは未開の土地に分け入り宿主のありかを探っていく。危険な人獣共通感染症の起源はどこか?「未開の土地からウイルスが世界に拡がる」とよく言われるが、実際のことろ、人はなぜジャングルに分け入り、ウイルスに感染するのか?毒性は強いが流行はあっという間に収まる感染症と、世界に伝播する感染症は何が違うのか?人獣共通感染症の宿主はしばしばコウモリが疑われるが。それはなぜか?スピルオーバーについての様々な疑問について、推測を交えて解説していく。
人類は哺乳類全体で見ると”若い”種であり、様々なウイルスへの暴露も浅い。また、天然痘に代表される”人類のみが問題とする感染症”は人体が行き止まりであり、克服も時間はかかるが可能なことではあるが、人獣共通感染症は常に変異していくウイルスや細菌と戦うことになり、それは終わりのない戦いとなる。その戦いに参加する一般市民として、人獣共通感染症を知るに最適な一冊である。
初版2021年4月 明石書店/大型本
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