書評<最悪の予感 パンデミックとの戦い>
アメリカという国は世界中に権益を抱えており、安全保障に関してはあらゆる可能性に備えている。感染症のパンデミックもその1つだ。軍は完成症対策の旗振り役ともいえるCDC(疾病対策センター)を抱えており、州などの自治体は各郡に保健衛生局をかまえている。また、民間セクターにおいても、医療を含めた科学研究の先端を突っ走っている。にも関わらず、昨年からのCOVID-19の蔓延を防止することが出来ず、ベトナム戦争より多くの死者を出した。その原因は何か?本書は前述した自治体の保健衛生局の局員やシンクタンクのスタッフなど、実質的に感染症対策の最前線に立った人物たちにスポットを当て、ストーリーを紡ぐことにより、アメリカの感染症対策の実態を暴いていく。
COVID-19の世界的なパンデミックは何も突然起きたわけではない。SARSをはじめとして、様々な予兆はあった。アメリカでは子ブッシュ大統領の時代から、大規模なパンデミック対策を検討してきた。だが、大統領が変われば高級官僚たちもごそっと変わるシステムゆえ、それが引き継がれることはなかった。このことは強い自治権を持つ州当局も同じことで、現場を預かるスタッフとそれを指揮するレベルのスタッフには大きな断絶がある。本書は内なる情熱を抱え、稀な使命感を持つ保健衛生局の局員が実質的な主人公だが、彼女が全権を振るえるようにはなかなかならない。また、民間のシンクタンクにとんでもないレベルの天才スタッフを抱えているにも関わらず、それを活用、連携出来ないのだ。
さらに本書で印象的なのは、CDC(疾病対策センター)の無策だ。日本人からするとCDCといえば、各種フィクションでも知られる”アメリカと世界を感染症から守る組織”であり、感染症対策の絶対的な指針であった。ところが今回のCOVID-19のパンデミックに対するCDCの反応は鈍く、現場からの報告を抱え込むだけの組織であり、主人公が敵視する典型的な”動きの鈍い官僚組織”になり下がっている事実が本書で描かれる。最終章近くでその理由は明かされるが、それもまた政治であった。
COVID-19のパンデミックは現在進行中といってよく、今回の事態と対策は長く続き、社会を変えるだろう。そのパンデミックの最初期に何があったか、アメリカの状況が掴めるノンフィクションである。
初版2021/07 早川書房/kindle版
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