書評<ULTRAS ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー>
全世界のサッカースタジアムのゴール裏席には”ウルトラス”と呼ばれる熱狂的なサポーターが陣取る。発煙筒を炊き、コレオで芸術的ともいえるメッセージを発する彼らは、もちろんただのサッカー好きではない。様々な政治信条を持ち、スタジアムの中だけではなく社会に対しても大きな影響力も持ち、それゆえ政府や警察から弾圧を受ける。本書はウルトラスの発祥といわれるウルグアイから旅をはじめ、モダンサッカーの中心地である西欧、政治色が色濃い東欧、サッカー界では新興国である東南アジアやアメリカなどを巡り、ウルトラスの今を取材していく。
ウルトラスの文化は、南米にはじまり、ワールドカップによる世界的な観客の交流を経て、全世界に広がった。自分はJリーグ発足当初の某チームサポーターだったが、明確にイタリアスタイルのコールが取り入れられていた。そして、Jリーグの現代の主流スタイルはアルゼンチンスタイルである。このように、アルゼンチンのスタイルが西欧に輸入され、イングランドのスタイルがドイツに輸入され、セリアA全盛期にはイタリアスタイルに染まるといった交流の歴史がある。本書はそうしたゴール裏の歴史に触れていく。
そして本書のメインテーマとなるのがウルトラスと犯罪、政治との関係だ。ウルトラスの勢力が大きくなるにつれて、組織化し、クラブとの関係も密となり、チケット販売などに関わるうち、不正や犯罪に染まっていく。また、スタジアムは暴力を発散する地となり、サポーター同士の小競り合いというよりも映画のような”ファイト・クラブ”の様相を呈している国さえある。そうして暴力に慣れ親しんだウルトラスは、民族紛争にも関わっていく。ユーゴスラビア内戦などは一般的にも有名だが、近年の”アラブの春”にもウルトラスが大きな役割を果たした。ウルトラスたちは、一般的な市民が経験していない、デモや暴力に対する警察の弾圧・取り締まりを経験しており、それを躱す(かわす)術を心得ているのだ。ウルトラスは民主革命に大きな役割を果たしていたのだ。本書はそうしたウルトラスの歴史や近年の変化を、密着取材を通してしることが出来る一冊である。
初版2021/11 カンゼン/kindle版
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