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2022.04.19

書評<狩りの思考法>

近年、冒険家である角幡唯介は年間のおよそ半分をグリーンランド極北のイヌイットの村・シオラパルクで過ごし、伝統的な犬ぞり移動と狩猟による食料調達をする日々を送りながら、極夜での「漂泊」について思いを馳せている。本書はイヌイットの村人との交流で悟った、都市が発達した国家で暮らす人々との思考法の違い、グリーンランドの厳しい気候と極夜がもたらす人間への影響を考察し、テクノロジーが発達した現代における”冒険の意味”を問う。

冒険家、あるいは登山家といわれる人たちは未踏の地の制覇、踏破といった目標を持つ。だが、地球のほぼ全てを衛星で観察し、通信もカバーできる現在、未踏の地という目標はなくなりつつある。そういった状況で、冒険家は何をすべきすべきなのか?そうした自己への問いかけが、著者のいう「狩りと、それに伴う漂泊」である。狩りという行為は本質的に狩る相手に依存した行動をとらざるを得なくなり、目標あるいは予定といった都市あるいは農耕地での日常はまったく通用しない。これこそが現代の冒険である、と著者は言う。

まして極地での厳しい気候下にあっては、一般的な「天候のパターン」はあっても、それは我々の知る天気予報のような精度がある程度確保されたものではなく、明日のことなどまったく分からない。そうした状況は都市で育った人間とはまったく違う思考法を人間に強いる。著者はイヌイットの人々との交流をとおして、そのことを深く追及することとなる。

著者が国民が粛々と暮らしている日本と、まったく異なる思考法を持つイヌイットの二重生活を通して思い至った”新たな冒険”。本書はそのプロローグとなるものである。

初版2021/10 清水弘文堂書房

2022.04.18

書評<ディエゴを探して>

サッカー界で「神様」と呼ばれる人物の一人、ディエゴ・マラドーナ。スポーツ面での成功と挫折、そして私生活の奔放さはよく知られるところである。だが、我々日本のサッカーファンは、彼が母国アルゼンチンでどのようにしてスーパースターに昇りつめたのか、その過程でどのようなエピソードがあったのか、知らない人がほとんどであろう。本書は1989年からアルゼンチンに住むジャーナリストである著者が、幼少期からディエゴを知る人たちへの取材を通して、ディエゴがどのような出自を持ち、どのような人生を辿ったのかを数々のエピソードともの明かしていく。

本書ではディエゴ・マラドーナのアルヘンティノス・ジュニオルス時代、ボカ・ジュニオールに移籍しスーパースターになるまでの7年間を主に取り上げる。取材対象は現在でいえばジュニアユースの年代のころに一緒にプレーした幼馴染みや、マラドーナを見つけ出した人物、パーソナルトレーナーまで広く及ぶ。ディエゴは貧民街に生まれながらも仲間を思いやる少年に育ち、その性根は生涯かわることはなかった。現在のクラックたちにはない、人間としての暖かい資質。そしてその資質と、スーパースターとして一挙手一投足を追われる日々の板挟みとなって苦しむ日々。ディエゴは、サッカーのプレーや結果だけで”神様”になったわけではないのだ。アルゼンチンにおいて、ディエゴが象徴しているものは何か、深い洞察を感じさせる一冊であると同時に、現代では不出の人物であり、ディエゴの代わりになる人物は二度と現れないであろうと確信させる一冊である。

初版2021/07  イースト・プレス/kindle版

2022.04.17

書評<中国の航空エンジン開発史>

経済成長とともに、加速度的に装備の近代化を進める中国人民解放軍。空軍も例外ではなく、「数は多いが時代遅れのソ連機コピー機がすべて」というイメージを覆し、「国産の最新鋭機を揃える」空軍に生まれ変わりつつある。しかし、近代化した空軍の国産航空機が装備するタービンエンジンは今のところ輸入したロシア製エンジンもしくはロシア製エンジンをリバースエンジニアリングしたものである。本書は中国のタービンエンジンの開発・生産の歴史を辿り、ステルス戦闘機を装備しつつある現在でも、完全オリジナルのタービンエンジンを量産できない現状と、将来を予測する。

現状、戦闘機用のアフターバーナー付きターボファンエンジンをオリジナルで開発・生産できる国は片手に納まるのが現実である。テクノロジーが目覚ましく発展し、宇宙ステーションを軌道上に打ち上げようとする中国なら、大金を積んで開発を継続すれば技術はキャッチアップ出来るはずだ。中国共産党の幹部もそう考えているはずだ、しかし、現実はそうなっていない。中国のジェットエンジンの生産はソ連から輸入されたMig-15用のエンジンの整備から始まり、「中国のジェットエンジンの父」と言われる技術者まで輩出してきた。だが中国共産党の政策や文化大革命に翻弄され、技術発展は思うように進まなかった。ソ連あるいはロシア、西側諸国からの技術導入も、肝心のホットセクションは各国とも技術開示を拒んでいる。タービンエンジンの高圧・高温セクションは分解してパーツをコピーすればいいものではない。治金や空力など、基礎技術が肝心だ。さらに言えば、エンジンのパーツを生産する製作機械は日本とアメリカのいまだ独占市場である。本書はそうした歴史と現実、そしてこれまでに中国が自主開発したタービンエンジンのラインナップを網羅し、貴重な資料になるものである。

初版2022/04    並木書房/ソフトカバー

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