書評<航空宇宙軍史・完全版 五: 終わりなき索敵>

人類が太陽系の外惑星まで進出し、さらに外宇宙に有人探査船を送るようになった時代。それは発展の時代ではなく、動乱の時代であった。太陽系で絶対の軍事力を誇る航空宇宙軍と、独立の意志を固めた外惑星国家の戦い、それは冷徹なまでに物理の世界が支配する戦い。一時代を築いたハードSFシリーズの金字塔を時系列に並べ直し、大幅加筆修正したシリーズの集大成が本書である。

一昨年から定期的に刊行されている<航空宇宙軍史>、ようやく完読しました。正直に告白すると、原版が刊行されていた当時は外宇宙に進出して異星人と戦闘するあたりで脱落したのですが、時系列順に一気読みすると、外惑星動乱を描くためには、外宇宙探査の物語が必然であったことが理解でき、緻密に作り上げられたプロットと伏線に唸ることしきりです。
本書はニュートン物理学と、相対性理論を超えることのない、冷徹な”物理の物語”であり、そこに読者は痺れました。登場するハードウェアは絶妙に想像上の産物と現在の延長線上の技術がミックスされたものであり、それゆえ冷徹でありながらも、熱い戦いが描かれました。スペースオペラと違い、映像化が極めて難しいでしょう。だからこそ、読むのが止められないノベル。著者には生きている限り、続編を書いていただきましょう。

初版2017/04 早川書房/ハヤカワ文庫JA

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書評<人質の経済学>

ほぼ内戦状態のイラクやシリアをはじめ、治安が極端に悪化してる地域で急速に増加してきたのが”人質ビジネス”である。詳しい事情を知らないまま紛争地帯に入るジャーナリストやNGOのスタッフを誘拐し、当該国家や団体に対し身代金を要求するビジネスは、止むことのない紛争の中で貧困にあえぐ人たちにとって、危険に値するビジネスなのである。本書はそうした人質ビジネスの実態を明かし、さらにヨーロッパを苦しめている難民問題にも触れ、そこにもマネーが絡んでいることを明かしていく。

国家はたいてい「テロリストとは取引しない」という原則を貫こうとする。それがタテマエの国家もあるし、そうではない国家もある。テロリストたちは巧みに優柔不断なそれらの国々を揺さぶり、大金を分捕ろうとする。そこに慈悲などなく、悪質な犯罪があるのみだ。著者は誘拐の交渉人や救出された人質へのインタビューをメインに、その仕組みを解説していく。イスラム聖戦を標榜するテロリストたちは、結局のところ犯罪で大金を稼ぐマフィアと変わらない。
それと同時に著者がたびたび指摘するのが、無知なジャーナリストやNGOスタッフの不用意な行動だ。最低限の知識とコネすらなく、若さと勢いだけで紛争地帯に入り、名を上げようとする愚か者たちに税金が費やされ、テロの資金源となる。なのに、ときに救出された人質たちはヒーロー、ヒロイン扱いだ。グローバル化の負の側面だろうがなんだろうが、危険地帯に不用意に踏み込むべきではないし、もっと批判されるべきだろう。残念ながら、今のシリアやイラクは、人権などという言葉が通じる場所ではない。そのことがよく理解できるレポートである。


初版2016/12 角川書店/Kindle版

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書評<バッタを倒しにアフリカへ>

すさまじく地道で緻密なバッタ研究の著書で注目を集めたバッタ研究者が、いよいよアフリカの大地に立ち、フィールドワークをスタートさせる。凄まじい数の群れを作って飛翔し、農作物に壊滅的な被害をもたらし、「神の罰」とも呼ばれるサバクトビバッタを研究するため、アフリカのモーリタニアの地に降り立ったのだ。日本とはまったく違う環境ながら、様々な人たちとの出会いにより、研究は前に進んでいく。道を究めようとする科学者の挑戦を、赤裸々に描く。

本書を短く紹介すると上記のようになるのだが、実際の内容はもっと濃い。現地での賄賂や食事など慣習の違いの記述はもちろんあるが、本書の中心は2つ。バッタとの戦い(研究)と、研究費を稼ぐための戦いだ。アフリカの広い大地で、群生するバッタの被害を根本的に解決するため、バッタの生態や習性を定量的、定数的に追う。こちらの成果はいずれ、専門的な科学書でお目にかかるだろう。著者のもう一つの戦いは、研究費の獲得だ。昆虫学の博士として、大学から研究費をもらいながら、アフリカでフィールドワークをこなすのは、おそろしくハードルが高い。著者は様々な手段と人脈を使い、試験と面接に挑む。道を究めるのは、簡単ではないのだ。
本書でただ1つ、苦言を呈するなら、著者がウケを狙いすぎなところかなあ。エンターテイメントとしての著書もいいけど、ポピュラーサイエンスも手掛けて欲しいものだ。


初版2017/05 光文社/光文社新書

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書評<豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品>

日米問わず、プロ野球の投手の多くが肘の内側側副靭帯(UCL)断裂という故障と、トミー・ジョン手術というUCL再建手術を体験する。基本的には球数の投げ過ぎが原因だと考えられるが、厳密にはまだ故障の理由は解明されていないし、予防策も確立していない。どんな”剛腕投手”でも容赦なく襲われるUCL断裂とは、どのようなケガなのか?UCLを再建し、多くの投手を救ったトミー・ジョン手術とは、どのようなものなのか?2人の現役投手の故障とリハビリをメインに、医師や育成年代の野球の実態、さらには投手の酷使で知られる日本の高校野球の現場を取材することにより、現在のプロ野球投手が抱える問題を明らかにする。

人類が地球上で今の地位を築いたのは、”投げる”能力を手に入れたことが一因といわれる。投石、投槍で獲物を狩ってきた人類だが、上手投げで短時間に100球も投げられるほど、筋力も靱帯も強くない。その結果がUCL断裂だ。
基本的には投げ過ぎが原因のUCL断裂なのに、アメリカではショーケースと呼ばれる年代別野球トーナメントが隆盛し、10代でUCL断裂と手術を経験する選手が増加している。日本の高校野球は言わずもがなだ。本書はこうしたプロ野球を巡る過酷な実態を明らかにする。
そしてそのUCL断裂を再建するトミー・ジョン手術の実態も本書は明らかにする。投手たちには救世主的存在だが、その手術からの復帰は確実ではない。1年を要するリハビリも、長く過酷だ。本書はそのほかの予防策や投球理論も紹介されているが、いずれも決定的でなない。
プロならば、大金を手にする代償として、UCL断裂とトミー・ジョン手術という賭けも許されるのかもしれない。問題は10代の選手たちだ。その後の日常生活すら壊すかも知れない肘の故障。高校野球の見方が確実に変わる一冊である。


初版2017/02 ハーパーコリンズ・ジャパン/kindle版

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書評<軽トラの本>

軽自動車規格のトラック、通称”軽トラ”は日本の農業、漁業を支えるツールであり、また日本の軽自動車規格の中で、効率を極めた自動車である。商品性を高めるために豪華に着飾った最近の乗用車に比べ、道具としての機能を追求した軽トラにこそ、日本車ならではの特徴がある。本書はスズキ、ダイハツ、ホンダの各メーカーの開発担当者にインタビューし、さらに異彩を放ちながらも生産終了となったサンバーにも光を当て、軽トラとは何かを明かしていく。

自動車評論家の中でも、技術系に沢村慎太朗氏のモーターファン・イラストレイテッドの連載をまとめたもの。もちろん、ワゴンRと軽トラの比較など、書き下ろし記事もある。
先の説明にも書いたように、日本の軽トラは、日本車の中でも特殊で、孤高の自動車である。過積載当たり前、それでいて普段はジジババの足。畑や塩水環境で酷使されるが、それでいて走行距離は年間で日本平均の6000㎞はいかない。各メーカーはユーザーに真摯に向き合い、要求を満たすべく奮闘する。極めてドメスティックな日本専用車についてまとめた本なのに、日本のメーカーが世界に乗り出せたわけ、戻るべき場所を示唆しているように思う。クルマに多少なりとも興味がある方は必読。
願わくば、連載時そのままの大型本で再出版して欲しい。

初版2017/05 三栄書房/ソフトカバー

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書評<愛しのブロントサウルス―最新科学で生まれ変わる恐竜たち>

子供のころに恐竜が大好きだった中年のおじさんたちは、恐竜に身体、生態に関する調査研究が急速に進み、あのころ憧れたブロントサウルスがもういないことをご存知だろうか?本書は、著者が子供のころに博物館を訪れ、夢中になって見ていた恐竜たちと、最新の学説による恐竜たちの姿、生態がいかに違うかを紹介していく。

まず最初に断っておくと、訳本である本書の原著は2013年発行。4年の時間は長く、再び大型の雷竜の解釈が変わり、ブロントサウルスは復活している。いかに恐竜研究の速度が速いか、逆に仮説・定説がいかに頼りにならないかがよく分かる。
とはいっても、本書は恐竜たちの分類、身体、生態の”ほぼ”最新”の研究成果を包括的にうまく紹介している。もはや恐竜は絶滅しておらず鳥として生き延びており、羽毛がある恐竜たちの姿は定番となっている。恐竜は大きく分類して竜盤目と鳥盤目に分かれるが、竜盤目の恐竜が鳥に進化している皮肉な事実から本書は始まるが、そのこと一つとってもあまり知られない研究結果だ。断片的に新聞や科学雑誌に掲載されている恐竜たちの最新の学説を知るのに最適な一冊だ。

初版2015/07 白揚社/ハードカバー

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書評<徹底検証 日本の右傾化>

第2次安倍政権発足のころからか、にわかに「日本社会の右傾化」が一部論者から叫ばれるようになった。東アジアの近隣へのヘイト、反戦運動に代表される左翼的価値観の衰退、保守的な価値観の復活など、確かに様々な変化があることは確かだ。では、それが”社会の右傾化”といえるのか。宗教、家族、LGBTなど価値観が分かれる分野の専門家たちが分析する。

自分自身はネット上では「ネトウヨ的な意見」を口にしていることを自覚している。なので、「日本の右傾化」なるものは「無防備都市宣言」といった非現実的な反戦主義に対する反動だと思っている。だが、本書では多くのものが学べる。我々がフツーに生きてニュースに接している限りは浮かび上がってこない、宗教的、保守的な価値観の勢力だ。本書でたびたび登場する「日本会議」がその代表であろう。いわゆるリベラル的な価値観をよしとしない人々は確かに存在し、政治に影響をおよぼそうとしているのだ。それらの知識を得られるだけでも、本書には価値があろう。
世界的に「リベラル、グローバル化」といった価値観に疑問が呈されている中で、今はまだ、さほど力を持たないそれらの”右翼的勢力”が政治に影響を及ぼしていくのか?変わる世界の中で、日本も”戦後ではいられないのである。

初版2017/03 筑摩書房/ソフトカバー

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書評<ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち>

2016年のトランプ大統領の当選により、オハイオ州やその周辺のいわゆる”ラストベルト”(錆ついた工業地帯)と呼ばれる地域の白人たちが注目されることとなった。東海岸や西海岸の都市圏の発展から取り残され、学も職もなく、底辺を生きざるをえない、古くからのアメリカ人たち。彼らのおかれた環境とはどのようなものなのか?現在は故郷を離れていわゆるエリート層に属することになった著者がその経歴と家族の物語を語ることにより、繁栄に取り残され、エリートや移民を憎む彼らの実態を明かしていく。

トランプ大統領の選挙戦の勝利が「貧困白人たちの怒り」に押されたものであったことは、マスコミなどでもずいぶんと放映された。本書はその手がかりとなるものだが、アメリカという国のかたちを改めて考えさせられる。
「分断したアメリカ社会」といわれる昨今だが、そもそも、いわゆる鉄鋼など旧来の重工業が衰退する以前も、アメリカは分断していた。家族、故郷との絆が深く、大学への進学あるいは故郷を離れて働くことが非現実的な人たち。彼らが中間層でいられたのは、工業地帯があったからだ。世界的な競争の中で重工業が衰退すると同時に、彼らは他の生き方も分からずに、貧困層に落ちていく。失業こそが、社会で一番の害悪であると理解できる。
著者は、白人たちの生き方自体も指摘する。教育がないのではない。時間を守るといった基本的な約束事を守れない、離婚と結婚を繰り返す親たちとそれを見て育つ子供たち。移民であれ誰であれ「誰かのせいにすべきではない」と著者は唱える。
アメリカの田舎の価値観を知ることが出来ると同時に、彼らの価値観の中から、教訓をえられる”エレジー”である。

初版2017/03 光文社/ソフトカバー

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書評<錆と人間 (ビール缶から戦艦まで)>

人間が鉄を道具として久しいが、それは錆との戦いの歴史でもあった。テクノロジーが発展した今でもそれは変わらない。建物や橋、パイプラインといったインフラから缶詰まで、多くの人間が錆との戦いを職業としている。本書は腐食と戦う人間を扱ったノンフィクションである。

本書は腐食し、その運命が怪しくなったニューヨークの女神像の改修のエピソードからはじまる。冶金技術や合金技術、塗装技術が発達した近代・現代でも、エンジニアたちは錆と戦っている。我々の身近なものでいえば、缶詰や缶飲料がそうだ。食品や飲料に含まれる酸は、鉄を侵していく。ゆえに、鉄と食品を遮断するコーティング技術は缶メーカーの秘中の秘だ。発がん物質が含まれているともいうが、真実は定かではない。
規模の大きな事例だと、最終章のパイプラインのメンテナンスは圧巻だ。数百㎞におよぶステンレスのパイプラインを維持するテクノロジーの数々。人類が鉄を使うようになっておそらく数千年は経つはずだが、我々はまだそれを使いこなせていないのだ。
錆との戦いは人類とテクノロジーの関係を象徴していると感じさせる一冊だ。


初版2016/09 築地書館/ハードカバー

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書評<ドラッグと分断社会アメリカ 神経科学者が語る「依存」の構造>

アメリカにおけるドラッグに関する犯罪は深刻であるが、とうのアメリカ人の多くが、ドラッグとその犯罪発生のメカニズムを誤解している。ゆえに、効果的かつ根本的な解決策を政策として実行していない。著者は自分の半生を赤裸々に語ることで、そのことを明かしていく。

本書はドラッグに関する社会学や犯罪学の本というよりも、黒人の神経学者の具体的体験を軸に、ドラッグ依存の問題と誤解を分析するものである。著者はフロリダの黒人街の生まれで、多くの姉妹を持ち、複雑な人間関係のもとで育っている。著者は幸運にも黒人街から遠く離れ、大学教授として成功している。だが、多くの親類・友人たちは貧しい黒人街にとどまったままだ。彼は地元とは分断してしまった。ゆえに、ドラッグと社会構造の歪な関係を指摘できる立場にある。
神経学者である彼は、動物実験や人間の被験者を通して、ドラッグ(この場合はコカインクラック)がさほどの依存性がないことを指摘する。実際問題として、コカイン体験者のほとんどは依存症には至らない。ではなぜ、人はドラッグを買うのか?それは貧困ゆえに未来のない人生ゆえであり、その不安からドラッグに手を出すし、その取引額の大きさから犯罪に手を染める。そこに人種問題が絡む。ドラッグ経験者は人種を問わないが、逮捕者は圧倒的に黒人が多い。警察はてっとり早くストリートの黒人をしょっぴくのだ。多くの黒人少年たちはそれを繰り返すうち、本物の犯罪者になる。例えばメキシコからのコカイン密輸ルートが断てたとしても、貧困、人種といった社会的な問題が解決しなければ、それに代わる薬物が出てくるだけである。
著者が神経学者でありながら、案外とそれに関する記述は少ない。本書はあくまで著者本人の自伝と、日本人があまり知ることのない黒人社会の実際を知ることが出来る本と見なすべきであろう。


初版2017/01 早川書房/ハードカバー

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