2019.05.21

書評<人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理>

製鉄の歴史は紀元前に遡る。青銅時代の次の時代となる鉄器時代初期、人類はどのように鉄を作ってきたか?そして製鉄はどのように銑鉄と鋼鉄を作り分けるようになったか?そして日本刀の元となる製鉄である”たたら製鉄”とはどのような製法なのか?著者が実際に歴史的な製鉄施設を訪ね、ノウハウを研究し、そして近代以前から受け継がれるたたら製鉄とか何かを著者が実践し、日本刀に使われる特殊な鉄の製法を伝える。

本書はいわば”ロスト・テクノロジー”を辿る旅である。現在、建材や自動車に使われている鋼鉄は高炉で大量生産されており、少量の特殊な銑鉄、鋼鉄を作る技術は受け継がれていないのだ。著者は鉄鋼地の産地であるスウェーデンやドイツで初期で製鉄方法のノウハウを研究し紹介する。「鉄鉱石に炭あるいは石炭を加えて溶かし、鉄を精錬する」技術は空気の吹き込み方や高炉の高さなど、各地で独特の進化を遂げているのだ。

さらに、著者の研究は日本に伝統的に受け継がれる製鉄方法に及ぶ。へんくつな”製鉄おやじ”にいわば一子相伝の製鉄方法を教わる。その入れ込み方は尋常ではない。さらっと技術者と関係を築いたことを流して書いているが、著者の苦労は相当のものだと思われる。製鉄の貴重な歴史書である。

初版2017/05   講談社/ブルーバックス

2019.05.20

書評<西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム>

2010年代中盤、シリアを中心とした中東各地、あるいは国家崩壊の状態と化した北部アフリカからの難民・移民が地中海を渡り、ギリシャやイタリアといった南欧の国々に押し寄せた。船舶とも呼べない粗末な船で乗船し、海を渡ろうとする難民たちは航海中に事故で命を落とし、小さな女の子の死体が漂着するというショッキングなシーンも撮影された。この事態に、EUの盟主であるドイツのメルケル首相は人道的見地から、難民・移民の受け入れを決定する。大量に押し寄せる難民・移民は、ヨーロッパの国々に大規模なテロ、EU加盟国国内の政治的摩擦、EUそのものへの懐疑などを招き、西欧世界の価値観を揺さぶっている。こうした事態はなぜ起こったか?本書はそれを論じていく。

第2次世界大戦後、戦場となったヨーロッパ諸国は外国人労働者を導入した。また、アフリカに植民地を維持していた国々は、そこからも移民を受け入れた。”アラブの春”以降の時代に急速に問題化した移民・難民受け入れより前に、とっくにアイデンティティの異なる人たちが西欧にはいたのだ。不幸だったのは、元々いた移民の同化政策の失敗の顕在化と、新たな難民・移民の到来が同時に起こったことだろう。ヨーロッパ社会が個人の自由を求め、リベラル化していく中でもアイデンティティを失わなかったムスリムたち。そして、政教分離の理屈など受け入れない新たな来訪者たちは、西欧社会で深刻な摩擦を起こしていく。問題は、西欧のリベラルな政治家たち、マスコミがその摩擦を隠そうとし、また顕在化しても政争の具にしたことだ。西欧社会が確立した基本的人権の尊重や男女平等、LGBTなどの思想を認めないムスリムたちの犯罪を、人種差別や宗教差別の建前のもとに批判を認めなかった彼らは、ムスリムたちがいずれ西欧の価値観に染まると夢想したのだろうか?

そもそもなぜ、西欧は移民・難民を受け入れたのか?本書は政治から哲学に話を移す。キリスト教価値観からポストモダンに移行した現代、西欧の人々は中心となる哲学を見失い、アイデンティティ的に虚無に陥りつつあったのではないか?長く厳しい植民地支配の時代やユダヤ人虐殺に対する罪悪感が、価値観が異なる人々を受け入れることの困難さを見失わせたのではないか?思想家たちは人種や宗教へのとらえ方に対し一種のタブーを形成し、”多様性”といった耳障りのよい言葉だけが独り歩きさせ、大衆の危惧に耳を傾けてこなかったのではないか?著者が本書のタイトルに「西洋の自死」を選んだのは、西欧のエリートたちが招いた現在のヨーロッパの混乱を的確に現わしていると言える。

日本でも外国人労働者を正式に受け入れる法律が制定され、価値観が異なる人々が本格的に流入してくることが予想される。いわゆる先進各国の唱える”多様性”とは「一定の基本的人権感覚の共有の元」にある。それの外側にいる人たち、例えばムスリムたちの流入に我々の社会は耐えられるのか?西欧諸国の混乱を俯瞰すると、少なくとも自分には無理なように思えるのだ。

初版2018/12    東洋経済新報社/kindle版

2019.05.18

書評<牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って>

前世紀から、象牙を狙ったアフリカゾウの密猟は環境保護における主要な問題の1つだった。危機感が高まったのは、中国が急速な経済発展を遂げた1990年代後半以降。中国大陸における象牙の爆発的な需要の高まりから密猟は増加し、アフリカゾウの絶滅が危惧されるまでになった。アフリカ東部、タンザニアやケニアといったアフリカゾウの生息地で何が起きているのか?新聞社特派員の記者がその構造の複雑さにせまる。

アフリカは近年、急速な経済発展を遂げているとされているが、それは都市部にとどまり、権力を持つ者と持たざる者の絶望的な貧富の差が生じているのが現状だ。そうした現状が、アフリカゾウの絶滅危惧に密接につながっている。貧者はサバンナで残酷なかたちでゾウを狩る。象牙を買い付ける中国人たちは実質的に駐アフリカ大使館を後ろ盾にしており、アフリカの行政関係者、警察関係者に賄賂を渡し、罪に問われることは滅多にない。中国マネーを軸にして、象牙の密猟がガッチリ構造化されているのだ。アフリカの権力者たちの腐敗はもはや改革不能であり、中国人たちはすでにアフリカ大陸の腐敗の一員と化している現実に本書はせまっていく。

衝撃的な事実とはいえ、残念ながら著者はそのアフリカの深淵の入り口にしか見ることが出来ていない。センセーショナルではあるが、事実に対する裏付けも、単行本としての文量も物足りない。それでも、国際会議で見られる偽善も含めて、漠然とテレビや新聞を読んでいるだけでは分からない腐敗の構造にせまったノンフィクションとはいえるだろう。

 

初版2019/05  小学館/ハードカバー

 

 

2019.05.05

書評<星系出雲の兵站 4>

星系出雲の人類の宇宙開発の最前線である小惑星に攻撃を仕掛けてきた異星人、ガイナス。彼らの生態や思考のパターンが分からないながらも、降下猟兵連隊とそれを支える兵站部隊の活躍などにより、かろうじてガイナスを退けてきた人類だが、ガイナスの行動パターンの分析の結果、人類の居住惑星の1つへの直接攻撃の可能性が高いことが示唆された。星系出雲のコンソーシアム艦隊は、ガイナスとの戦争で初めて先制攻撃をかける決断を下す。

 

星系出雲を舞台とした、戦争SFが一部完結。軍隊組織と運営の複雑さ、それを支える産業基盤の重要性に着目し、兵站部門にこそ英雄級の活躍があることを描いた本作だが、スペースシップやASと呼ばれるパワードスーツでの戦闘も程よく織り込まれ、バランスの良い作品であった。第一部完結となる本作品では、異星人の正体の分析と、それに対する対応がメインとなり、兵站部門の描写は抑えられていると感じるが、第二部でそれは復活するのだろう。人類が次の探索の地に選んでいた星が、実は異星人の本拠地であったという絶妙な引きを残しているので、早く続きを読みたいものである。

 

初版2019/04    早川書房/kindle版

2019.05.04

書評<齢5000年の草食ドラゴン、いわれなき邪竜認定 ~やだこの生贄、人の話を聞いてくれない~>

齢5000年になろうとする草食ドラゴンの元に、”生贄”を自称する少女が現れた。洞窟でおとなしく暮らしていたはずなのに、いつの間にか近隣の村々を中心に”蛇竜”認定されていたらしい。草食ドラゴンは生贄の少女に村に帰るように諭したが、なぜか納得しない。それどころか、適当についた嘘が、少女の”思い込み”がもともと少女が持っていた強大な魔力を呼び起こし、波乱を巻き起こす。人畜無害なドラゴンと、自分をドラゴンの眷属と疑わない少女の、魔王討伐の旅が始まる。

 

いわゆるファンタジーノベルだが、「重症の中二病患者の少女」というキャラ設定が成功しており、ユーモアが滅法面白い。暴走する少女をおじいちゃんが諫める、みたいなエピソードの連続が非常に微笑ましいのだ。いわゆるバトルもあるが、基本的には草食ドラゴンの苦悩を楽しむライトノベルである。思わぬ拾い物であった。

 

初版2018/02   角川書店/kindle版

2019.05.03

書評<異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ>

コミュ障気味の女子高生、ナギは異世界に召喚される。異世界はネコなどの動物の特徴を残す亜人たちが暮らす王国であり、ナギは特殊能力保持者として王女に召喚されたのだ。ナギの能力は異世界で最強の存在であるトラック、それも「いすゞエルフ」召喚であった。異世界とは程遠く、まるで世界観が違うはずの存在、いすゞエルフ。いすゞエルフとともに、少女の冒険が始まる。

 

いわゆる異世界転生小説であり、トラック召喚とくれば、エルフといすゞエルフをかけた一発ギャグだと多くの読者は思うだろう。しかしながら、実態は少女と姫騎士の百合物語、魔法使いの姉と姫騎士の妹の和解と、とことん意外性をついてくるライトノベルである。だが、それがいいのだ。剣の力、魔法の力を持ちながら、どこか不器用な少女たちの交流にほっこりする。ぜひ続巻を期待したい。

 

初版2019/03    集英社/kindle版

2019.05.02

書評<鋼鉄の犬>

IEDにより負傷した軍用犬とともに陸軍の職を辞した調教師(ハンドラー)、アル。失意の底にあったアルに、相棒であるルークの主治医が、PMC(民間軍事会社)からのオファーを紹介する。オファーは調教師(ハンドラー)であるアルの能力を求めたものだが、調教するのは4本脚で歩行する知能ロボットであった。危険な内戦の地で、実施での試験が始まる。

 

ネットでときどき見かける、4本脚の動物を模したロボット。携行する装備が増えすぎた兵士の補助として、アメリカ陸軍では実際に導入が検討されている。本書はフィクションではあるが、そうした最新の軍用ロボット事情を反映したものである。

そして本書のもう一人の主人公、軍用犬のルーク。脚を負傷しているが、そのモフモフぐあいで現地の子供たちとの懸け橋となり、ときに軍用ロボットといいコンビを見せたりする。

本書は今後の戦争でロボットが発揮するであろう能力と、我々の相棒である犬の持つ力をバランスよくミックスした、優れたフィクションである。

 

初版2018/12    マイクロマガジン社/kindle版

2019.05.01

書評<監督の異常な愛情>

サッカーというスポーツにおいて、監督の役割は非常に大きい。ピッチにおいては自らのサッカーのビジョンを持ち、選手を配置し、戦術の指示し、ゲームを作る。ピッチ外においては選手のコンディションを見極め、メンタル面も管理してモチベーションを上げ、チームを作る。それはプロ、アマチュア、どのカテゴリーも同じだ。本書は田坂和昭、片野坂知宏、北野誠、高木琢也、吉武博文5人のJ2の監督に焦点をあて、厳しい状況におかれた監督たちのサッカーに対する”異常な愛情”の中身を追求していく。

 

日本のプロカテゴリー第2部であるJ2は上位から下位まで、事情が異なる様々なチームが所属する。それがピッチ上のサッカーに反映され、百花繚乱ともいえるプレーが展開される。世界のサッカーは既に予算規模が順位を決める時代になって久しいが、Jリーグの場合は監督の手腕次第で一発逆転も狙える状態だ。ゆえに監督の個性が発揮される。もちろん、監督のヴィジョンが100%反映されることはない。厳しい予算、衰退する地方都市の悲哀と折り合いをつけながら、監督たちはときに厳しい批判にさらされながら、それでもチームを勝たせようと必死で自分のチームを鍛え、相手チームを分析し、試合に臨む。ときには自分の監督としての能力に関係なく”火中の栗を拾う”状態になってもだ。本書はそんな厳しいJ2の世界を垣間見ることができる。

ネットやサッカー雑誌には世界のトップクラスの監督のビジョンが溢れているが、日本にも様々な監督が今日も葛藤している。あらためてそんなことを感じさせる1冊だ。

 

初版2018/07    内外出版社/kindle版

2019.04.30

書評<脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年>

生物が単細胞として地球に生まれ、地球のあらゆる場所を席捲するようになったのは、「移動」という手段を進化させてきたからである。「繁殖」という生物の第一命題をクリアするには、移動し、生息地を増やすことが不可欠なのだ。本書は移動手段としての「脚、ひれ、翼」に注目し、その構造を解析、いかに海、陸、そして空を席巻するようになったかを解説していく。

 

本書の帯に「生き物の形を決めたのは物理だった」とあるが、本書のテーマを表す一文である。脚、ひれ、翼を詳細に解剖していくと、いかに地球の重力環境下で効率的に移動できるかが理解できる。単なる”姿かたちの印象”ではなく、数学的な解析をすることで、その進化がいかに巧みなものであったかが分かる。

本書はさらに、動かない生物である植物の移動手段、そして単細胞生物の線毛といった移動手段にも話が及ぶ。脚や翼に比較して単純な構造にみえるミドリムシの線毛も、その”パーツ”を分解していくと、たとえばミドリムシがおかれた環境下において、物理学にかなった構造をしているのだ。生物の進化の奥深さの一端を理解できる一冊である。

 

初版2019/03    草思社/ハードカバー

2019.04.29

書評<ネコ・かわいい殺し屋―生態系への影響を科学する>

ネコが愛玩動物としての地位を確立してすでに数千年が過ぎている。人類文明の発祥の地の1つ、紀元前のエジプトの壁画に登場するネコは、いまや世界中で愛されるペットとして君臨している。

しかしながら、増えすぎたイエネコは世界中で希少動物の地位を脅かす存在ともなっている。イエネコは古くからケージの中で飼われるのではなく、ネズミなどの害獣を狩る存在として、放し飼いにされてきた。さらに、心ない人がイエネコを捨てると、過酷な環境を生き残ったネコたちは容易に数を増やし、鳥類をはじめとした動物を狩る。特に一種の閉鎖空間であり、独自の生態系も保つ孤島にネコが放たれると、自然環境に大きなダメージを与えてしまう。本書はこうした、ハンターとしてのイエネコを論じ、いわゆるノネコになったネコにどう対処するかを論じている。

 

ネコは愛玩動物として、その飼い主以外にも多くの人に愛される動物である。飼い猫を捨てる言語道断な行為をする人間がいれば、過酷な環境を生き残り、ノネコとなった多くの猫たちの面倒を地域ネコとして面倒をみる人間もいる。人間の悪意と良識が、ノネコを増やし、鳥類の絶滅を招くことを、本書は指摘する。動物愛護の精神だけでは、ノネコの被害を防げない。イエネコは室内で飼い、不妊手術を含めたきちんとした面倒をみることの一方で、本書は過酷な手段を取ることもまた必要であることを主張している。

むろん、毒殺などの手段は、動物愛護の運動家ならずとも一般市民の苛烈な反応を招く。それでも、そうした手段をとらざるをえない時期にきているのだ。本書は主にアメリカの事例をひいているが、日本でも状況は同じだろう。イエネコはただ”可愛い”だけの存在ではないことを、我々はもっと自覚せねばなるまい。

 

初版2019/04    築地書館/ハードカバー

 

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