書評<MP5サブマシンガン>

日本の警察も使用するサブマシンガンとして、知名度の高いH&K MP5サブマシンガン。ハンドガンカートリッジを使いながら精密射撃を可能とし、世界中のローエンフォースメントにて使用されているMP5の構造、バリエーション、開発の歴史、使用部隊など、詳細を明らかにしていく。

ガンオタ、ミリオタには説明の必要もないヘッケラー&コックMP5。とはいえ、長い歴史をもつサブマシンガンなので、知ってるようで整理できていない情報も多い。本書はMP5の構造やサブタイプ、実戦経験などを整理し、理解するのにぴったりである。本来は弾をばらまくサブマシンガンが精密射撃ができる銃として開発された経緯。「世界中で使われる名銃」が初めて名をあげたハイジャック事件の経緯などなど。いわばガンオタの”復習用の参考書”であろうか。
近年、テロリストの重武装化から、AR-15系のアサルトライフルがLEの主要武器になりつつあるが、いわゆる万能の兵器ではない。まだまだMP5が表舞台に立つ事件もあるだろう。そのときのための参考書でもある。

初版/2019/01 並木書房/ソフトカバー

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書評<ファンタジーランド―狂気と幻想のアメリカ500年史>

アメリカ合衆国は、人々がそれぞれに幻想を抱きながら生きる”ファンタジーランド”である。そもそも、移住のごく初期、イングランドからアメリカに渡った人々は独立を尊重するプロテスタントの中でも、特に幻想を抱いた異端宗派の集団だった。また、入植者たちはアメリカには黄金があり、開拓すべき土地があるという幻想を抱いて故郷を離れた。そのような国家の成り立ちから、アメリカは合理主義よりも幻想あるいは反知性主義に傾きがちな国民の集団となり、ネット社会となった昨今、それが極まり、トランプ大統領の誕生を促した。本書はアメリカの歴史がいかに幻想に支配され、強化されてきたかを検証する。

プロテスタントとカトリックの違いは、キリスト教徒以外には分かりにくい。だが、その理解こそがアメリカという国の理解の第一歩である。プロテスタントは誕生した時から精神的に純粋で、分権的で、真実の発見を教会ではなく個人に委ねた。それゆえ、初期に入植したアメリカ人たちは新天地に幻想を抱き、”約束の地”の発展を実現しようとした。欧州では啓蒙主義が発展した時代に、ますますアメリカ人はキリスト教に情熱的になり、原理主義というべき福音主義を生み出した。一方でキリスト教を一種のショービジネスと捉え、信者を獲得してきた側面もある。時代が下ると、そこにラスベガスやディズニーランドといった幻想を産業化したブランドが現れる。アメリカ人は合理主義よりも、幻想と現実を行き来することを選んだのだ。
本書はこうしてアメリカが”ファンタジーランド”と化していく歴史を綴っていく。入植したごく初期から、文明は発展すれど、基本的にはアメリカがプロテスタントの国であり、聖書の国であることを再確認できる。世界を経済と軍事力で支配する大国は、決して合理主義や啓蒙主義が支配する国ではないのだ。アメリカ合衆国の歴史の別の一面を教えてくれる一冊である。

初版2019/01 東洋経済新報社/Kindle本

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書評<エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する>

貧富の格差の問題が問われて久しい。それもいわゆる先進国といわれる国家内でのことである。富める者と庶民との格差が広がり、一部の国では不満が爆発しつつある。そんな状況はイギリスもまた同じだ。もともと、強固な階級社会であったイギリスだが、サッチャー首相の改革以後、一般市民とエリート、エスタブリッシュメントとの間に格差が広がっている。国民投票でのEUからの離脱決定は、「とにかくエリートを困らせたい」との庶民の怒りの現れだともいわれる。イギリスのエスタブリッシュメントの実態を、著者が明かしていく。

本作で問われる「エスタブリッシュメント」は、たんに富裕層やエリート官僚のことではない。オックスフォードなど名門大学出身であり、、民間企業の取締役と、政府の要職を”回転ドア”のように行き来するいわばインナーサークルのようなものが存在するのだ。彼らは富裕層の税率や法人税減税をとなえて「小さな政府」を目指す一方で、いざ金融危機となれば、政府の補助金を支出させる。また、マスコミを支配し、彼らの都合の良いように世論を誘導する。陰謀論にも聞こえる「エスタブリッシュメント」の定義だが、著者は実際にエスタブリッシュメントの先兵たる企業家、政治家、マスコミに関わる人々にインタビューし、彼らの言い分とイギリス社会の実態を比較しながら、現代の国民国家の抱える問題を炙り出していく。

行き過ぎた資本主義、自由主義の反動として、トランプ大統領の登場、イタリアの右派政権誕生などの動きにつながっている。ポピュリズムとの指摘はあるが、庶民としては富裕層が痛い目にあうのを見たいのは自然な感情だと思う。オレもそうだ。これらの動きが世界の潮流の変わり目となるのか?しっかり見ていきたい。

初版2018/12 海と月社/ソフトカバー

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書評<改訂新版 新書アフリカ史>


アフリカ大陸の歴史というと、多くは“暗黒の大陸に進出した”ヨーロッパ諸国の目線で書かれたものが多い。ヨーロッパ人によって文明がもたらされ、そして資源や奴隷を収奪したという歴史観だ。だが、紀元前からアフリカでは様々な氏族、部族、王族が立ち上がり、群雄割拠した独自の歴史があった。多くは文字にして残されていない、伝承としての歴史をまとめ、ヨーロッパ人の歴史観とは一線を化した通史解説に本書は挑戦する。

アフリカ大陸のすべて未開拓地で、“文明的に遅れた”黒人が暮らしていたという、暗黒大陸の歴史を覆すエピソードをまとめた歴史書である。一口にアフリカといっても、海岸線、ジャングルの奥地、サバンナなど、様々な環境が共存しており、人々はそうした過酷な大地に適応するように歴史を刻んできた。それをすべてひっくり返すのがヨーロッパ人の到来である。ポルトガル、スペインなど、初期の大航海時代の中心となった国々はまだアフリカ人たちと共存共栄する場面もあったが、やがて産業革命により飛躍的に科学技術を発展させたヨーロッパの国々はアフリカ大陸を蹂躙するようになる。今となっては言語道断の所業であり、現在のアフリカ大陸の政治的・経済的混乱の根本的な要因といえる。それは“勝手に国境線を引いた”といった単純な問題ではない。

また、本書は10数年前に刊行された新書の改訂版で、新章として近年の経済的発展やジェンダーの問題にも触れている。ただし、それは現実とはいえない近代的な価値観でまとめられており、まだまだ人権という概念からは程遠いアフリカの国々の国民あるいは難民が多数存在する。そこはもっと構成を考えるべきであろう。


初版2018/11 講談社/講談社新書

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書評<死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相>

1959年、フルシチョフ政権下のソ連・ウラル山脈で大規模かつ謎に包まれた遭難事故が発生した。深い積雪の山中で、登山チームの9名がベースのテントを離れて靴も履かず、薄着で死亡しているのが発見されたのだ。しかも、テントは整理整頓されており、ガスコンロは湯を沸かそうと準備されたままであった。今もオカルト案件として語り継がれる事件を、カリフォルニア在住のノンフィクション作家が現地に赴き、事故と同じ状況下での登山を試みることにより、多くの謎に挑んでいく。

本書は3つの軸を持って、事故の再現と謎解きに挑む。2つは過去の時間軸。登山チームと事故後の捜索チームの動向を詳細な記録から再現していく。1つは著者が現在の時間軸で事件解明を試みる。まるで登山チームのそばで彼らを見ているような錯覚と、著者の視点で謎多き国で現地捜査をしているかのような錯覚に陥り、本書の内容にみるみる引き込まれる。2つの時間軸、1959年と2009年の時間軸がそのまま、ソ連とロシアの状況や空気感を浮き彫りにしているのも興味深い。
読後、事故当時の状況と発生原因の解明そのものはあまり重要でないと感じるほど、様々な要素が詰まった1冊である。

初版2018/08 河出書房新社./ハードカバー

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書評<タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源>

タコに代表される頭足類は、地球上の動物の中でもかなり特殊な存在である。一般に知能が高く、意識を持つとされるのは哺乳類に代表される脊椎動物であるが、タコもそれを持つとしか思えない行動を取る。本書はタコとコウイカの行動を様々な角度から検討することにより、タコが進化の途上でどのような能力を獲得してきたかを検討する。

タコは多彩な能力を持つ不思議な動物だ。8本の足を自在に操り、およそ定形をもたず、皮膚の色を周囲に合わせて変化させる。脳と頸椎の一元的なコントロールの配下にある脊椎動物とは対称的に、8本の脚に分散された非常に太い神経系統を持ち、その行動は驚くほど”人間的”だ。本書の著者は哲学者であるため、そうしたタコの特徴を”意識”に中心点をおいて解明していくが、もちろんそこには進化論的、生物学的なタコの特徴の検討が必須であり、身体的、意識的特徴を全般的に取り扱う。そして頭足類の獲得した「意識」と、人間が持つ「意識」を比較検討することにより、地球上の進化の道筋が1つではなかったことを明らかにしていく。
生物の精神面の進化について、新しい視点を与えてくれる1冊だ。

初版2018/11 みすず書房/ハードカバー

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書評<反ワクチン運動の真実: 死に至る選択>

様々な感染症を医療の発展により克服してきた人類。その中心的な存在はワクチンである。いわゆる先進国では、種痘をはじめとしてワクチンを乳児・幼児期までに接種し、集団的免疫を得る。
しかしながら近年、世界的にワクチン接種を拒否する親たちの存在が問題となっている。費用の問題ではない。自閉症など深刻な副作用を心配してのことだ。そこには親が子を思う心につけこむ、社会運動家や医療従事者の存在があった。本書はアメリカにおける反ワクチン運動の歴史を辿り、その危険性を明らかにしていく。

現代における医療の論争の一つが、ワクチン接種を巡る問題だ。日本でも近年、子宮頸がんワクチンの副作用が問題となり、接種が中止された。だが、それは統計的な検討ではなく、ヒステリックな扇動を行う社会運動家と、マスコミ報道によるものであった。
このような反ワクチン運動は今に始まったことではない。アメリカやイギリスでは20世紀初頭から、反ワクチン運動が存在した。初期のワクチンには確かにインチキで、危険なものもあり、深刻な副作用も存在した。だが、そうした初期のワクチン開発期を乗り越えた後も、反ワクチン運動はなくなることはなかった。統計上、どうしても発生する副作用を発症した親が社会運動家となり、専門的な知見を持たない医者と組んで、ワクチン製造会社を”告発”する。科学的な反証を受けてもなお、運動家たちは意見を曲げることはない。彼らは感情を煽り、善意の顔をして我が子を心配する親たちにつけこむのだ。代償は、克服したはずの感染症の復活である。
本書はこうした反ワクチン運動の実態を暴いていく。ワクチン接種は製造会社の利益のために政府と組んだ陰謀でもないし、感染症はそこにある危機なのだ。
世界に溢れる陰謀論や感情論を克服し、ワクチン接種に対する冷静な態度を取り戻すための1冊である。


初版2018/05 地人書館/ハードカバー

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書評<細胞内共生説の謎: 隠された歴史とポストゲノム時代における新展開>

地球上の単細胞、多細胞生物にはあまねく細胞内に小器官を抱えている。それらは原初の細胞形成時代に、細胞内に別の細胞を取り込み、共生をはじめたとの考え方が現在の定説である。特にミトコンドリアと葉緑体などの色素体に関しては、小器官がDNAを抱えていることから、定説の根拠となっておる。この細胞内共生説はどのようにして学界の定説となったのか、1900年代以降の研究の歴史を紐解いていく。

現役の細胞学の先生が著者ということで、ポピュラーサイエンス以上、専門書以下という立ち位置の本だが、専門的で難解な部分はゲノム解析が主で、全体としては歴史書に近い本である。ロシアの生物学者が細胞内共生説を唱え、現代の細胞内共生説の祖ともいえるマーギュラスがどのような事実を根拠に研究発表したのか?そしてゲノム解析が急速に進んだ現代において、ゲノム解析から細胞内共生説を補強したのか、再考を促したのか?様々な視点から細胞内共生説を取り扱っている。生命の創生に関わる地球科学のマクロの視点から、ゲノム解析によるミクロの視点への移行は興味深い。また、学者の個性が大いに定説の定着や否定に関わるという事実は、とかく”エビデンス”にこだわりがちな現代の科学で再考されるべき視点であろう。
本書の著者もまた個性的な方であることも想像できる、読む解くのに時間はかかるが興味深い生物学の書である。

初版2018/06 東京大学出版会/ハードカバー

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書評<絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ>

「人新世」と呼ばれる言葉が使われるくらい、近年の人類は地球の生態系全体に影響を与える存在となった。世界にあまねく広がった人類は両生類、爬虫類、哺乳類などあらゆる生物を絶滅に追い込んでおり、このままでは地球の生物種の半分が絶滅するという予測もある。現在、人類は生態系の維持に目覚め、絶滅が近い動植物の保護が始まった。だが、それはときに貧困にあえぐ途上国の経済発展とぶつかり、ときに生命倫理とぶつかるなど、多くの困難に突き当たっている。果たして、現在進められている生態系保護は正しいと全面的に肯定できるのか?様々な事例を通して著者は問う。

地球の自然保護、生態系の保護は世界に共通する”正義”の1つであるはずだ。だが、本書はそれに疑義を投げかける。アフリカの貧困地域のインフラ整備と、カエルの希少種の保護とどちらを優先すべきか?経済的な問題を発端とし、著者は種の保存の是非を問いかける。希少種や絶滅種のDNAを保存することが未来への投資となるのか?一度絶滅した動物を遺伝子組み換えで復活させることが倫理的なのか?同系統の動物を交配させて数を増やせば、「種」を保存したことになるのか?本書は哲学的な意味で”種とは何か”まで問いかける。
人類が登場する以前、地球は6度の生物大絶滅を経験していると判明している。それでなくても、自然環境の変化で生物種は常に入れ替わっている。”人類が絶滅させた”というと罪の意識を覚えるが、それは日々繰り広げられる生存競争の一種ではないのか?様々な種の保存への取り組みは、一種の罪滅ぼしに過ぎないのではないか?生物と人類の科学の間に横たわる深い淵について考えさせられる1冊である。

初版2018/09   ダイヤモンド社/ハードカバー

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書評<ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争>

長時間滞空して目標を含む地域を監視、目標が確認できれば即座に攻撃する、RQ-9リーパーに代表されるUAV。人間が生み出してきた飛び道具の歴史、すなわち石器や弓、小銃やミサイルの延長線上にUAVがあると考えるのは間違いだ。UAVは敵地での”人間狩り”を可能にし、究極の”非対称の戦争”を生み出す。それは政治や外交におけるいわゆる”戦争の哲学”を変える兵器なのである。本書はUAVが内包する問題を法律的、哲学的に分析し、戦争を変えていく兵器の登場を分析していく。

本書は兵器としてのUAVの登場が戦争を変えていく可能性を法律的、倫理的、哲学的に分析していくものである。前述したようにUAVは飛び道具の歴史の延長線上にある兵器ではない。例えばオバマ大統領は世界の協調を唱え、大規模な軍事行動は控えたが、テロとの戦いにおいてUAVによる要人暗殺を容認した。時代に則さないとして禁止されたCIAの暗殺を復活させたのである。それは従来の国境に関する考え方、あるいは戦争倫理や法律を揺るがすものであり、重大な政策変更であった。小さく、軽い航空機が、政策変更を促したのだ。我々は戦争の哲学の変化の時代にいるのである。

初版2018/07  明石書店/ソフトカバー


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