2020.05.19

書評<アメリカン・セレブリティーズ>

初版2020/04    スモール出版/ソフトカバー

アメリカのセレブリティ、アーティストたちの動向は世界中から注目の的となる。アーティストは自らの生き方を楽曲に託し、ファンに訴えかけるとともに、様々なビジネスを展開し、リッチな生活を送る。また、アメリカのアーティストたちはフェミニズムや人種差別など、社会的・政治的問題に臆することなく向き合い、コメントするがゆえに、アメリカ社会の問題をそのまま映し出す鏡ともなる。本書は日本でもメジャーなセレブリティたちの活動を通して、アメリカのエンターテインメント業界や社会の動きを解説していく。

日本でも話題となる”#MeToo”や”文化の盗用”、”キャンセルカルチャー”という言葉はアメリカのセレブリティ界隈で生まれた言葉であり、アメリカ社会が何を問題にしたかはアーティストたちの生き方と発言そのものを知らないと理解しにくい。本書を読んでまず感じたのはこのことである。ネットのニュースでチラっと見ただけでは語れない、アメリカ社会の問題が潜んでいるのだ。本書はここ20年で差別や宗教、SNSに対して、アーティストたちがどのように向き合っているかが書かれているが、そこにはアメリカ社会に通底する問題と、新たに生まれる問題があることが理解出来る。庶民とは違う世界を生きるセレブリティたちだが、その移り変わりは見事にアメリカ社会の変化に連動している。非常に興味深い1冊である。

2020.05.18

書評<航空戦史 (航空戦から読み解く世界大戦史)>

初版2020/02    イカロス出版/ソフトカバー

 

例えば太平洋戦争末期の日本防空戦。B-29の本土空襲をまったく阻止できなかったとして、ボロクソに評価される日本の防空体制は本当に役立たずだったのか?例えば有名な”ノルマンディー上陸作戦”。以外にあまり注目されることのない、航空支援の貢献度はどんなものだったのか?いわゆる航空戦史の中でも、見落とされがちな戦いの実相を探っていく。

本書は著者が「歴史群像」誌で連載していた「航空戦史」をまとめたもの。本書では前半が日本陸軍航空隊の戦いと教訓、後半がヨーロッパ西部戦線の戦いと教訓にまとまられている。本書の特徴は前記したように、見逃されがちな航空戦を取りまとめていることだ。大雑把なイメージで語られがちな航空戦の中でも、意外な事実が潜んでいる。また、著者は技術的な事項にも精通しており、ゼロ戦を語るときに欠かせない伝説の一つ、”沈頭鋲”についても取り上げている。欧米が進んでいた面と、日本が進んでいた面と両方あることを取り上げた記事は、著者のフラットな視線ならではだ。雑誌連載をまとめたものなのでやや散文的だが、興味深い一冊である。

2020.05.17

書評<レッド・メタル作戦発動>

初版2020/04    早川書房/kindle版

 

台湾に対する中国の姿勢が日増しに強硬になっていく情勢の中、アメリカ海軍の内部では前代未聞のスキャンダルが発覚し、太平洋軍に混乱が乗じていた。アメリカ政府は中国をけん制するために戦力移動を開始した。だが、それはロシアがアフリカで失ったレアアース鉱山を取り戻すための陽動に過ぎなかった。ごく一部の情報専門家がその陰謀に気づくが、すでに作戦は動き出し、ロシア軍がポーランド国境を突破する。

ロシア軍のヨーロッパに対する限定的侵攻と、アフリカでの陸戦をシミュレートした、いわゆる軍事情報アクション。偵察衛星など情報獲得・伝達手段が発達しているものの、それに対する妨害手段も実戦を経験しつつあることを下敷きにした小説であり、ロシアによるポーランド奇襲、アフリカでの鉱山を巡る死闘など、非常にリアルに描かれている。GPSやネットをダウンさせ、地上戦力を極秘裏に移動させる手段さえみつければ、現代でも戦略的奇襲が可能なのだ。また、戦闘シーンでリアルなのはロシア陸軍の古強者である老将軍が「アメリカ陸軍はテロ対策にかまけ、野戦を忘れている」と評するところだ。いわゆる”テロとの戦い”に戦力を振ってきたアメリカ陸軍は野戦に関しては意外に実戦未経験であり、航空優勢がない状況では、例えばドローンを使った砲戦でアメリカ海兵隊は不利に陥る。また、世界各国の軍が重視する「統合作戦」を実行することが難しい状況をつくるべく、ロシアは戦力増強をはかっている。高度の射程距離を交差させた強固な対空戦力がそれだ。本書ではみんな大好き攻撃ヘリコプターはやられ役である。

本書はシミュレーション小説でありながら、現状の世界各国の軍隊の戦力組成について問題を投げかけている、意外に深い小説である。

2020.05.15

書評<弾丸が変える現代の戦い方: 進化する世界の歩兵装備と自衛隊個人装備の現在>

初版2020/04    誠文堂新光社/ソフトカバー

 

元陸自のメディックである、戦場での医療に詳しい元陸自隊員による、陸自の個人装備に関する提言。各種弾薬とライフルが精緻な関係にあるがゆえに、弾薬は国産でならねばならないこと、国際的な射撃大会に出場した各国の軍隊との比較により、日本の個人装備の基本である5.56㎜ライフル弾が時代遅れになりつつあることなどが解説され、最後に著者が陸自の個人装備の更新の提言と、メディックの重要性について提言する。

 

一部ミリオタの間で話題になった本。残念ながら、著者が本題のライフルの話に入る前の枕話として語っている空自戦闘機の選定の問題から間違った認識であり、その後も疑問が残る仮定のままでライフルと弾薬の話が続く。ベトナム戦争時に採用されたM-16ライフルの欠陥説の例もこれまで語られてきた話とずれている。また、今や5.56㎜弾が必殺距離とする300m以内での戦闘は危険すぎるため、もっと遠距離戦闘を可能とする7.62㎜NATO弾のライフルの使用を著者は提言するが、日本の野戦や都市戦闘で、300mを超える射程が必要なのか?日本はイラクのような砂漠ではないし、アフガンのような不毛な山岳地帯ではないのだ。かように著者が語る”世界の潮流”は”日本固有の地形ゆえの事情”が考慮されていないように感じられるのだ。もちろん、陸自の普通科の装備が貧弱なのは明らかで問題は多くある。だが、著者の提言は個人的には主流でないと思える。

2020.05.14

書評<壁の世界史-万里の長城からトランプの壁まで>

初版2020/03    中央公論新社/ハードカバー

 

人類が小規模な集団農業を始めて”コミュニティ”をつくった紀元前から、集団の内と外を隔てる壁は存在した。それは外敵から集団を守るためであり、またコミュニティの人間を外に逃亡させないためであった。人類のコミュニティが村から都市、国が発展し、今に至るまでも壁は築かれ続け、存在する。本書は万里の長城や中世パリの外壁、また東西ベルリンの壁や現代のパレスチナやアメリカとメキシコの国境地帯を著者が現地を訪ね、実際に観察し、壁の歴史を考察する。

 

著者はアメリカ人で、世界史といってもトランプ大統領が主な公約の1つとしたメキシコ国境の壁の構築をメインテーマとし、壁の歴史を探っていく。世界に設けられた壁は実際に人々を守るため、あるいは脱出を阻止するために本当に役に立ったのか?長い世界史の中で崩れ去った壁はどんなノスタルジーを感じさせるのか?そうしたことを検討したうえで、本題のメキシコ国境の壁建設問題に至る。もともと国境すらなく、国境ができた後に、トランプ大統領以前にもいくつも壁が実際にはつくられた土地に、彼が大きな国費を投じて壁を作る意味はあるのか?実際的な機能よりも、もはやオブジェともいえる壁の競争試作に、アメリカの企業がどのように関わっているのか。その視点は常にドライだ。著者は壁の建設を冷笑的に捉えているように自分には感じるが、時代は国家同士の分断は逆に未来に向かって深まっている。物理的な壁と心理的な壁、国境とはなにかを考えさせられる材料となる一冊である。

2020.05.11

書評<やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい1>

初版2019/09    KADOKAWA/Kindle版

銃の力で人族がエルフやオークといった他種族を圧倒しつつあるファンタジー世界。エルフの村で育てられたガーディは人族でありながら、エルフ語を操り、人族とは異なる価値観の世界で生きてきた。しかし、彼は戦争とイントラシア国の金貨姫との出会いにより、軍師として頭角を現しはじめる。

 

「マージナルオペレーション」などで、ライトノベルの中でもミリタリーな要素を盛り込む著者の描くファンタジー世界の物語。”無限の優しさ”という権能を持ち、エルフ語を操るガーディはフェアリーやオークといった他種族と深くコミュニケーションをとり、彼彼女らを使いながら、銃を多数持つ人族に対抗する。フェアリーは偵察と通信を、巨人族を主戦闘戦車(MBT)として諸兵科連合を組むのだ。ミリオタならにやりとする演出。世話好きお姫様やぶきっちょハーフオークの女戦士とのラブコメ要素もあり、そこはラノベなのだが、しっかりと戦争の”悲惨”の描写からも逃げない。著者の本領発揮だ。2巻まで発売されているが、もっと続きが読みたくなる小説だ。

 

2020.05.10

書評<戦車将軍グデーリアン 「電撃戦」を演出した男 >

初版2020/03    KADOKAWA/kindle版

第2次世界大戦の開戦初頭、フランスがドイツとの国境線に設けたマジノ線を機甲師団と自動車化師団で短時間で突破し、欧州の西部戦線の行方を決めたいわゆる”電撃戦”を考案し、指揮したのがドイツ陸軍のグデーリアン将軍である。早くから戦車に注目し、大戦間に自動車化した師団の形成を指揮したグデーリアンは、陸戦の歴史の中でも有名な理論家であり、卓越した指揮官でもあったというのが、戦史研究者やミリオタの認識であった。本書は最新の海外書籍を読み解くことで、そうした一般的な認識を覆し、新たなグデーリアン評の解釈を行っていく。

 

本書は先の「ロンメル将軍」に続く、ドイツ陸軍の有名な将軍の人物批評書である。グデーリアンの出生から彼の人生を追い、いわゆる”伝説”を検証する。陸軍の早急な自動車化を指揮したのはグデーリアンだけではないし、機甲師団を形作ったのも彼だけではない。先達ともいえる人物がいたのだ。第2次大戦後の戦場指揮にしても、卓越した指揮というよりは独断専行が目立つ。また「ナチス党と距離をおいていた軍人」という評価も、今となっては様々な証言により覆されている。グデーリアンはミリオタがイメージするような”完璧な将軍”ではなかったのだ。

本書はドイツ陸軍の歴史の重みを、新書のコンパクトのサイズで感じさせてくれる、歴史マニア、ミリオタ必読の書である。

2020.05.09

書評<アメリカ空軍史から見た F-22への道>

初版2020/03  パンダパブリッシング/ソフトカバー    

 

アメリカ空軍の戦闘機の中で、特別な存在であるロッキード・マーチンF-22Aラプター。ステルスと超音速巡航能力を持ち、機動性能でも他を圧倒する。ラプターの開発・配備は、アメリカ空軍そのものの変化と、ある稀有な人物の奮闘の歴史でもある。本書はWEBでの連載を元に、アメリカ空軍の歴史とF-22Aラプターの誕生の経緯を辿っていく。

 

第2次世界大戦後、アメリカ空軍は陸軍より独立を果たした。当時は唯一の核兵器の運用能力を持つ戦略爆撃機こそがアメリカ空軍の象徴であり、対空戦と、地上支援などの任務は付属物に過ぎなかった。その組織もまた、戦略爆撃機を重んじる将軍たちが出世頭であった。そうして組み立てられたアメリカ空軍の組織、戦略、装備は、いつしか現実の世界情勢と、発生する戦争とかけ離れていくこととなる。本書の上巻はこうした空軍の歴史を辿る。この歴史を踏まえてこそ、今我々が見ているアメリカ空軍の姿と、ラプター誕生の歴史が理解できる。

そして下巻こそがラプターの開発につながるノンフィクションだ。いやむしろ、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐の伝記というべきものが語られる。偏屈なこの人物がOODAループ、エネルギー=マニューバ理論を生み出し、戦闘機開発の歴史を変えた。彼と、を彼を支えたエンジニアが、従来の戦略理論にしばられた空軍幹部たちとの暗闘ともいえるやり取りを展開する。この空軍内の争いこそが、本書の一番の読みどころだろう。

正直、航空機に対する評価は著者の強い思い込みが捻じ曲げている感じが否めないし、WEB連載独特の軽い文体に違和感を覚えなくもない。それでも、アメリカ空軍内部で繰り広げられていた”政争”の歴史を知ることができる入門書の役割を果たしているといえるだろう。

2020.03.11

書評<一揆の原理>

一揆といえば、農民が鎌や竹槍を手に取り、集団で領主のもとに押し寄せたり、悪徳商人の蔵を打ち壊すイメージが強い。いわば虐げられた民の反乱だ。しかし、近年の資料の研究により、”権力者に立ち向かう弱者の集団”といったイメージが崩れつつある。本書は、そうした一揆の本質を解説していく。

本書で著者は「一揆を結ぶ」という言葉を多用する。一揆とは”武装蜂起”というよりも、”農民や僧侶たちの契約”が本来の意味であり、その契約に、例えば領主との年貢の交渉も含まれるのだ。いわゆる荘園の領主というと、過酷な年貢を課すイメージが強いが、農民たちが離散しては領主とて生活(たつき)の糧を失う。農民たちは一揆を結んでいわば”団体交渉”をし、領主と交渉する。また僧侶たちも、自分たちの利権を守ろうと交渉する。それに参加する人々の団結こそが一揆であると、著者は看破する。農民たちは領主に一方的に支配されているのではなく、一揆をとおして、いわば領主と駆け引きをしていたのである。もちろん、一揆の形態は多様だし、日本史の中世の長い歴史の中で徐々に変化していく。本書はそうした変化も、日本史全体の流れに合わせて紹介していく。

本書は著者の出版物で一貫してみられる「旧来の左翼的な歴史観の修正」の1冊となる。歴史は固定されるものではなく、研究で変化するものであると強く感じさせる一冊だ。

 

初版2015/12    筑摩書房/Kindle版

2020.03.10

書評<日本中世への招待>

中世の歴史好き、というクラスタのほとんどは、戦国時代や戦国武将を中心とした派手な合戦や政治的駆け引きを面白い、という人が多いだろう。自分もそうだ。しかし、当然ながら当時の庶民たちにも生活があり、現代とは少し違う形の家族、教育、生活があった。本書はそうした中世の”日常”を紹介する。

”中世の庶民の生活”にも歴史というものが当然ある。学校の日本史でしか学習したことがなく、ぼんやりとした知識しかない読者に、本書は日本の中世の世界観を教えてくれる。江戸時代に至るまでに、教育制度はどのような経緯をたどったのか?出産や葬式はどのように執り行われていたのか?旅行や娯楽はどのように行われていたのか?現在と同じ価値観と違う価値観が交錯する様は非常に興味深い。歴史の様々な面を知ることが出来る新書である。

 

初版2019/02    朝日新聞出版/朝日選書

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