書評<心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで>

近年、人間をとりまく細菌、寄生生物の研究が進み、注目を集めている。寄生生物に寄生された昆虫が、寄生生物に有利なよう、非常に奇妙で興味深い行動をとることが知られていたが、ネズミなどの哺乳類、はては人間の脳にも細菌が侵入し、人間の行動をコントロールされているという証拠が確実に積み重なりつつある。本書はそうした事実に加え、細菌に対する人間の本能が文化や社会に影響を与えているのではないかという最新の研究を紹介する。

脳に寄生するトキソプラズマが、人間の行動を狂わせ、例えば交通事故などのアクシデントを引き起こしているのではないか?近年、こうした説が真実味を帯び始めている。寄生生物はもちろん以前から研究されているが、それは感情や行動面に変化を与えているというのだ。本書はそうした研究の最前線を追う。それは細菌や寄生生物の直接的な影響だけではなく、細菌に対する嫌悪が社会を変えているのではないかという研究までいきつく。もちろん、何事も寄生生物のせいにするのは物事を単純化し過ぎだが、それでも差別など文化的な側面で語られがちな我々の感情に、多少なりとも影響があるのは確実だろう。本書はそうした科学者たちの見解を紹介していく。

初版2017/05 インターシフト/ハードカバー

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書評<J2&J3 フットボール漫遊記>

Jリーグの魅力はトップリーグのJ1だけではない。むしろ、J2あるいはJ3の方が、それぞれのチームの所在地の歴史と使命を背負い、ユニークで興味深い戦いを続けている。本書はJFL時代から下部リーグをウォッチングしている著者が、J2、J3のチームの現場を訪ね、試合を観戦し、チームのキーマンと会うことによって、それぞれのチームの魅力を解き明かしていく。

著者もあとがきで書いているように、人口減少と地方衰退の時代である。そんな時代に日本には札幌から鹿児島まで、Jリーグのチームが存在すること自体が、奇跡にも思える。現に紹介されるチームのうち、順調に成長してきました、みたいなチームはまったくない。チーム消滅に直面したこともあるチームもある。予算もないのに、地方経済をなんとか盛り上げようとする地域の象徴とされるチームもある。応援する価値のないチームなど存在しないのだ。
当方、J2落ちに常に怯えるチームのサポーターを自認しているが、J2クラブのある地方を漫遊するのも悪くないのではないか、そんなふうに感じさせてくれる一冊である。

初版2017/07 東方出版/ソフトカバー

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書評<宇宙軍陸戦隊 地球連邦の興亡>

植民惑星に降りた学術調査団からの保護要請を受け、地球連邦は国場大尉率いる宇宙軍陸戦隊を救出に派遣する。そこではテラフォーミングが未完成な湿地帯で、想像だにしない内戦が繰り広げられていた。宇宙軍陸戦隊はその双方と接触した後、苦渋の決断を下す。

人類の生存をただ追求する地球連邦政府と宇宙軍。異星人たちとの睨みあいも含めた政治状況から、地球連邦政府は、ある程度の規模の”内戦”を容認していた。前作まではオリジナルとクローンの難しい関係性を描いていたが、本作はそれを超え、遺伝子をいじくり倒した人類の姿をしていない人類と、オリジナルの姿と価値観を守った内戦を描き出す。遠く宇宙に人類が進出するなかで、何をどこまで許容するのか。地球連邦の首脳あるいは現場判断を一任された宇宙軍陸戦隊の隊長になりきり読者が考えるのも面白い。凄惨な戦いを描きながら、最後はカタルシスを描き出す。

本書には、短編ではあるが「シン・ゴジラ」のパロディが収録されている。あの作品の公開時、著者が健在だったことを思うと、やはり哀しい。

初版2017/05 中央公論新社/kindle版

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書評<世界の辺境とハードボイルド室町時代>

日本の歴史の中でももっとも混乱し、ルール無用な世界であった応仁の乱と室町時代。対して、今もほぼ無政府状態にある失敗国家の代表格、ソマリア。混乱続くソマリアで、秩序らしきものがある地域、ソマリランドで取材を重ねた高野秀行氏が「ソマリアは室町時代に似ている」と感じたことから、歴史学者の清水克行氏と対談。見識ある2人のやり取りが時代も地域も違う2つの地域の共通点を相違点を見出していく。

なんだか固い紹介になってしまったが、高野氏の他の著作と同じく、柔らかい文体でありながらも、興味深い文化比較論が展開されていく本書。複数の秩序が重なり合う状況、複雑怪奇な通貨体制、一筋縄ではいかぬ地縁、血縁の繋がり。日本の歴史の中にもあった動乱の状況が、現代のソマリランドと比較することにより、より鮮やかに描き出す。
本書はそうしたソマリアと室町時代の日本を比較するだけではなく、高野秀行氏、清水克行氏それぞれの経歴や文章の書き方などに及ぶ。まったく違う2つの分野の知識の重なり合いが非常に面白い一冊である。

初版2015/08 集英社/Kindle版

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書評<増補新版 イスラーム世界の論じ方>

日本における数少ない中東およびイスラム教の識者、池内恵氏による、評論集。主にイラク戦争前後、2003年~2006年までの期間、自衛隊のサマワ派遣から日本人人質事件など、イスラム世界と日本が急速に関わりを深くした時期に、新聞やオピニオン誌に掲載されたものをまとめたものである。

日本の報道番組に出演する中東、アラブの専門家と呼ばれる人は、過剰に”アラブの代弁者”であることが多い。例えば、中東世界の混乱のすべてを「サイコス=ピコ協定」に始まる欧米の横柄な外交と武力介入に原因を求める態度をとる専門家に対して、本書の著者池内恵氏は過剰にアラブ側に寄ることなく、冷静にイスラムの世界を解説する。著者はコーランとイスラムを最優先とするイスラム世界の行動原理を説き、日本の戦後の主流の価値観(西欧的なキリスト教に根差す倫理観)とは決して相容れないことを指摘する。「信教の自由」一つとっても、イスラム教と他の宗教は平等に並んでいるわけではなく、イスラム教がまずありきであるアラブ世界のルールを、本書では幾度も指摘する。世俗主義の我々の世界とは違う世界があることを、まずもって理解しなければならない。
中東とイスラム世界がトラブルメーカーであることは否定できない昨今、氏の分析をもっと読みたいものだ。


初版/2016/05 中央公論新社/ハードカバー

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書評<航空宇宙軍史・完全版 五: 終わりなき索敵>

人類が太陽系の外惑星まで進出し、さらに外宇宙に有人探査船を送るようになった時代。それは発展の時代ではなく、動乱の時代であった。太陽系で絶対の軍事力を誇る航空宇宙軍と、独立の意志を固めた外惑星国家の戦い、それは冷徹なまでに物理の世界が支配する戦い。一時代を築いたハードSFシリーズの金字塔を時系列に並べ直し、大幅加筆修正したシリーズの集大成が本書である。

一昨年から定期的に刊行されている<航空宇宙軍史>、ようやく完読しました。正直に告白すると、原版が刊行されていた当時は外宇宙に進出して異星人と戦闘するあたりで脱落したのですが、時系列順に一気読みすると、外惑星動乱を描くためには、外宇宙探査の物語が必然であったことが理解でき、緻密に作り上げられたプロットと伏線に唸ることしきりです。
本書はニュートン物理学と、相対性理論を超えることのない、冷徹な”物理の物語”であり、そこに読者は痺れました。登場するハードウェアは絶妙に想像上の産物と現在の延長線上の技術がミックスされたものであり、それゆえ冷徹でありながらも、熱い戦いが描かれました。スペースオペラと違い、映像化が極めて難しいでしょう。だからこそ、読むのが止められないノベル。著者には生きている限り、続編を書いていただきましょう。

初版2017/04 早川書房/ハヤカワ文庫JA

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書評<人質の経済学>

ほぼ内戦状態のイラクやシリアをはじめ、治安が極端に悪化してる地域で急速に増加してきたのが”人質ビジネス”である。詳しい事情を知らないまま紛争地帯に入るジャーナリストやNGOのスタッフを誘拐し、当該国家や団体に対し身代金を要求するビジネスは、止むことのない紛争の中で貧困にあえぐ人たちにとって、危険に値するビジネスなのである。本書はそうした人質ビジネスの実態を明かし、さらにヨーロッパを苦しめている難民問題にも触れ、そこにもマネーが絡んでいることを明かしていく。

国家はたいてい「テロリストとは取引しない」という原則を貫こうとする。それがタテマエの国家もあるし、そうではない国家もある。テロリストたちは巧みに優柔不断なそれらの国々を揺さぶり、大金を分捕ろうとする。そこに慈悲などなく、悪質な犯罪があるのみだ。著者は誘拐の交渉人や救出された人質へのインタビューをメインに、その仕組みを解説していく。イスラム聖戦を標榜するテロリストたちは、結局のところ犯罪で大金を稼ぐマフィアと変わらない。
それと同時に著者がたびたび指摘するのが、無知なジャーナリストやNGOスタッフの不用意な行動だ。最低限の知識とコネすらなく、若さと勢いだけで紛争地帯に入り、名を上げようとする愚か者たちに税金が費やされ、テロの資金源となる。なのに、ときに救出された人質たちはヒーロー、ヒロイン扱いだ。グローバル化の負の側面だろうがなんだろうが、危険地帯に不用意に踏み込むべきではないし、もっと批判されるべきだろう。残念ながら、今のシリアやイラクは、人権などという言葉が通じる場所ではない。そのことがよく理解できるレポートである。


初版2016/12 角川書店/Kindle版

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書評<バッタを倒しにアフリカへ>

すさまじく地道で緻密なバッタ研究の著書で注目を集めたバッタ研究者が、いよいよアフリカの大地に立ち、フィールドワークをスタートさせる。凄まじい数の群れを作って飛翔し、農作物に壊滅的な被害をもたらし、「神の罰」とも呼ばれるサバクトビバッタを研究するため、アフリカのモーリタニアの地に降り立ったのだ。日本とはまったく違う環境ながら、様々な人たちとの出会いにより、研究は前に進んでいく。道を究めようとする科学者の挑戦を、赤裸々に描く。

本書を短く紹介すると上記のようになるのだが、実際の内容はもっと濃い。現地での賄賂や食事など慣習の違いの記述はもちろんあるが、本書の中心は2つ。バッタとの戦い(研究)と、研究費を稼ぐための戦いだ。アフリカの広い大地で、群生するバッタの被害を根本的に解決するため、バッタの生態や習性を定量的、定数的に追う。こちらの成果はいずれ、専門的な科学書でお目にかかるだろう。著者のもう一つの戦いは、研究費の獲得だ。昆虫学の博士として、大学から研究費をもらいながら、アフリカでフィールドワークをこなすのは、おそろしくハードルが高い。著者は様々な手段と人脈を使い、試験と面接に挑む。道を究めるのは、簡単ではないのだ。
本書でただ1つ、苦言を呈するなら、著者がウケを狙いすぎなところかなあ。エンターテイメントとしての著書もいいけど、ポピュラーサイエンスも手掛けて欲しいものだ。


初版2017/05 光文社/光文社新書

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書評<豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品>

日米問わず、プロ野球の投手の多くが肘の内側側副靭帯(UCL)断裂という故障と、トミー・ジョン手術というUCL再建手術を体験する。基本的には球数の投げ過ぎが原因だと考えられるが、厳密にはまだ故障の理由は解明されていないし、予防策も確立していない。どんな”剛腕投手”でも容赦なく襲われるUCL断裂とは、どのようなケガなのか?UCLを再建し、多くの投手を救ったトミー・ジョン手術とは、どのようなものなのか?2人の現役投手の故障とリハビリをメインに、医師や育成年代の野球の実態、さらには投手の酷使で知られる日本の高校野球の現場を取材することにより、現在のプロ野球投手が抱える問題を明らかにする。

人類が地球上で今の地位を築いたのは、”投げる”能力を手に入れたことが一因といわれる。投石、投槍で獲物を狩ってきた人類だが、上手投げで短時間に100球も投げられるほど、筋力も靱帯も強くない。その結果がUCL断裂だ。
基本的には投げ過ぎが原因のUCL断裂なのに、アメリカではショーケースと呼ばれる年代別野球トーナメントが隆盛し、10代でUCL断裂と手術を経験する選手が増加している。日本の高校野球は言わずもがなだ。本書はこうしたプロ野球を巡る過酷な実態を明らかにする。
そしてそのUCL断裂を再建するトミー・ジョン手術の実態も本書は明らかにする。投手たちには救世主的存在だが、その手術からの復帰は確実ではない。1年を要するリハビリも、長く過酷だ。本書はそのほかの予防策や投球理論も紹介されているが、いずれも決定的でなない。
プロならば、大金を手にする代償として、UCL断裂とトミー・ジョン手術という賭けも許されるのかもしれない。問題は10代の選手たちだ。その後の日常生活すら壊すかも知れない肘の故障。高校野球の見方が確実に変わる一冊である。


初版2017/02 ハーパーコリンズ・ジャパン/kindle版

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書評<軽トラの本>

軽自動車規格のトラック、通称”軽トラ”は日本の農業、漁業を支えるツールであり、また日本の軽自動車規格の中で、効率を極めた自動車である。商品性を高めるために豪華に着飾った最近の乗用車に比べ、道具としての機能を追求した軽トラにこそ、日本車ならではの特徴がある。本書はスズキ、ダイハツ、ホンダの各メーカーの開発担当者にインタビューし、さらに異彩を放ちながらも生産終了となったサンバーにも光を当て、軽トラとは何かを明かしていく。

自動車評論家の中でも、技術系に沢村慎太朗氏のモーターファン・イラストレイテッドの連載をまとめたもの。もちろん、ワゴンRと軽トラの比較など、書き下ろし記事もある。
先の説明にも書いたように、日本の軽トラは、日本車の中でも特殊で、孤高の自動車である。過積載当たり前、それでいて普段はジジババの足。畑や塩水環境で酷使されるが、それでいて走行距離は年間で日本平均の6000㎞はいかない。各メーカーはユーザーに真摯に向き合い、要求を満たすべく奮闘する。極めてドメスティックな日本専用車についてまとめた本なのに、日本のメーカーが世界に乗り出せたわけ、戻るべき場所を示唆しているように思う。クルマに多少なりとも興味がある方は必読。
願わくば、連載時そのままの大型本で再出版して欲しい。

初版2017/05 三栄書房/ソフトカバー

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