2019.11.20

書評<異修羅I 新魔王戦争>

「本物の魔王」が世界を滅ぼすかの勢いで破壊と殺戮を繰り広げた後の世界。人間の都市で唯一生き残った「黄都」に対し、「魔王自称者」が衛星都市にて反乱を起こす。黄都と新興国の対立と戦闘は、魔王を倒すべく集められた「勇者候補」にエントリーするための試験でもあった。彼方の地から流れ着いた客人、獣人、ホムンクルスなど超常の力を持ったものたちが、破滅的な戦闘を繰り返す物語。

 

いわゆる”なろう系”のライトノベルだが、とにかく文章がカッコイイのである。ライトなギャグや異性関係など余計な伏線を盛り込まず、異能者たちの戦闘の描写にひたすら徹する。いわゆる二つ名を含めた名乗り。文章の切り方。破滅的な戦いを前にした戦士たちの会話。痺れるとしかいいようがない。この調子で続編を続けてほしい。

 

初版2019/09    KADOKAWA/kindle版

2019.11.19

書評<魔王 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男>

アメリカの数ある違法薬物問題の中でも大きな問題になっているのが、強力な鎮痛剤の違法販売だ。本来は医師の処方箋が必要な薬物を手軽にネット通販できる仕組みを作り上げたのは、南アフリカ出身の天才的プログラミングエンジニアだった。その違法なネット通販で莫大な富を手に入れた彼は、国際的なネットワークを作り上げ、自身はフィリピンに身を置き、イスラエルではコールセンター、エチオピアでは違法な鉱物取引、ソマリアではマグロ漁とその加工と、違法と合法の間を行き来するビジネスを次々と拡大させる。やがて彼は北朝鮮との覚醒剤取引、ウクライナとの武器取引など、真に”マフィア的”な取引に手を出すようになる。本書は違法ビジネスの帝国を築き上げた、一人の男のノンフィクションである。

 

本書は犯罪者の半生を描いたノンフィクションであり、また彼が拡大させ続けたビジネスの物語でもある。世界でもっとも普及しているコンピュータセキュリティプログラムの開発者の一人であり、まっとうな人生を歩めたはずの男が、なぜ犯罪に堕ちていったのか。そのビジネスの拡大の物語は、一種のサクセスストーリーのはずだった。世界中にコールセンターを設置し、ネットで薬品の処方・販売・配達といったシステムの立ち上げ、優秀な人物を雇用していく。それはITビジネスの成功例ともいえるものだ。だが、そこで得た金が彼をさらに狂わせていく。荒唐無稽ともいえるビジネスの拡大に取り憑かれた男の行動は、映画でよく見る麻薬王とは違う。どれだけ暴力に頼り、奇矯な行動を取ろうとも、本書の主人公は自分などにはどうしてもビジネスマンに見えるのだ。本書はありがちな、”終わりない麻薬と暴力の物語”ではない。グローバルなネットワーク時代の、現代的で新たな時代の犯罪王の物語である。

初版2019/10  早川書房/kindle版

2019.11.18

書評<大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件: なぜ美しい羽は狙われたのか>

今は大英自然史博物館の別館となっている、ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から、約300羽の鳥の標本が消えた。現在では絶滅危惧種で捕獲が禁止されている南米・北米の鮮やかな羽を持った鳥類の見本は、なぜ盗難にあったのか?そこにはフライフィッシングで使用される毛針という独特の文化と、少数の愛好家を繋げたネットの影響があった。本書は事件に関わった人物たちのインタビューやビクトリア時代の鳥獣類の収集の歴史を絡め、前例のない盗難の真相にせまっていく。

 

フライフィッシングに使う毛針は一種の芸術品であり、製作者は18世紀よりカタログ化された見本の美しさにせまるため、製作のテクニックを磨く。それだけでも知られざるマニアの世界だが、毛針に使う鳥類の羽が絶滅危惧種であり、ネットオークションで裏取引されているとあっては、ますますマイナーな世界である。それだけに、毛針製作にハマった者たちは、身内からの称賛を得るためにあらゆる手段を駆使するようになり、それが盗難に結びつく。本書は興味深いのは、そうしたマニアのいわば”ありがちな閉じた世界”が、進化論を形作った大航海時代の歴史と、貴重な鳥類の保護といった世界的な問題が結びついている点だ。マニアのネットワークは世界中に及び、マニアたちの”罪の意識”も人それぞれだ。本書は違法取引を追う捜査のノンフィクションであり、マニアたちの人間的な実像を明らかにする貴重なノンフィクションで、非常に興味深い。

自分もマニアの端くれであり、貴重な探しものも(他人には無価値であっても)たくさんある。本書で明らかにされるマニアのせまいネットワークは心当たりがあり、その心境も分からないでもない。そうした収集欲、自己肯定欲を解き放つとどうなるか?教訓にしなければいけない物語である。

初版2019/08    化学同人

2019.11.03

書評<書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで>

人類が文字を発明し、あらゆる記録を残し始めたのは、紀元前のシュメール時代だったと思われる。粘土板から始まった書物はパピルスの時代を経て、紙の発明により、本の時代になった。そしてそれら書物の歴史は同時に、破壊の歴史であった。権力者は往々にして前時代を消し去りたいものであり、王が変わるたびに書物は破壊された。また人類の歴史は戦争の歴史であり、侵略した土地・宗教・民族・国家の記録である書物はしばしば焼かれる運命にあった。もちろん自然災害や火災は人類の歴史の始まりから避けることの出来ないものであり、しばしば貴重な書物が失われている。本書はそうした書物の破壊の歴史を丹念に辿った歴史書である。

本書を読むと、「逆に現在に残っている古い書物がいかに貴重であるか」をとにかく実感する。それくらい、古代から書物は失われてきた。自然災害や紙の劣化は仕方がないのかも知れない。しかし、国家や宗教、民族の侵略・戦争・略奪によって失われる書物の多さには驚くばかりであり、それは書物の貴重さが充分に認識されてきた近代・現代でも同じことだ。2003年のイラク戦争でのバクダッドの書物の略奪・焼却は目を覆うばかりであった。現在はデジタルの時代で、人類史上稀に見る”コピーの時代”であるが、現在主流のデジタルアーカイブを次世代にどう繋げていくかは考えていくべきであろう。本書に記述される歴史を知れば知るほど、深刻な問題であると認識できる。

権力者が書物を焼くのは前時代の否定が主な理由だが、”多様な価値観を認めよう”と言いつつ、ポリティカルコレクトレスが声高に叫ばれる現代は、緩やかに書物が焼かれている時代なのかも知れない。表現の自由の行き先と、書物の破壊の行く先は複雑に絡み合う。単に政治的な信条の摩擦以上のことが今後起きるのかどうか、見守っていく必要があるだろう。

初版2019/03 紀伊國屋書店/Kindle版

2019.11.02

書評<家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか>

人類は”最良の友”とされるイヌをはじめ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、トナカイ、ウマ、モルモット、マウスやラットといった哺乳類を家畜化してきた。その目的も食用、運搬、愛玩など様々である。基本的に警戒心が強い動物たちをどう馴らし、品種改良してきたのか?本書では動物ごとにその歴史を辿り、また家畜化を巡る実験を紹介しながら、人類が家畜化した動物たちの共通点と相違点、人類と共生する中で、互いにどういう影響を与えてきたか考察していく。

 

ホモサピエンスがその生存圏を拡げる過程において、家畜の存在は欠かせなかった。その家畜化の度合いは様々で、もはや人間の存在なくしては生きていけない種もあれば、ヒトから離れれば群れをつくり生きていくことが出来る種もある。家畜化にあたっては、まずヒトに対して警戒心を解き、”従順化”できる種が選ばれてはいるが、遺伝子の交配の妙により、従順化以外の特徴が野生種と家畜種に表現されているのが面白いところだ。”従順化”を表現化するDNAコードに体毛にブチ模様が現れる、しっぽが短くなるといった特徴を司る遺伝子が乗り合わせているのだ。イヌとラットはまったく異なる種であるが、ブチ模様が現れるところなどは共通しており、遺伝子が生命のセントラルドグマであることを強く感じさせてくれる。本書では家畜化した動物たちから人類へのフィードバックも考察されており、人類の”自己家畜化”も論じられている。

現在はエコロジストたちの声が大きな時代である。家畜化された動物を食べることを拒否する人間がいる一方で、病気の子供に勇気を与えるセラピー犬の存在が注目される時代でもある。家畜に対する価値観が変わる時代に、家畜の進化を考察する本書は共に生きることのヒントも与えてくれるだろう。

初版2019/09 白揚社/ハードカバー

2019.10.21

書評<プロペラオペラ>

高度1200mあたりに第2の”海面”ともいうべき粒子帯が存在し、そこを”飛行艦”を飛ぶ世界。極東の島国、日之雄は大洋をはさんだ大国、ガメリアと戦争状態にあった。日之雄の第一皇女、イザヤは重雷装飛行駆逐艦<井吹>を率い、ガメリアの艦隊との戦いに従事していた。ガメリアの大艦隊が本国にせまる中、祖国から一族が追放された幼馴染、クロトが配属される。クロトの配属から、イザヤと<井吹>の物語が動き出す。

まず、舞台設定が秀逸。粒子帯の存在が空戦を制限し、戦闘の際に美しい背景を生み出し、ドラマを生み出す。昨今のラノベらしく、戦争と死を描きながらもコミカルな部分や”異能の才能”といった要素をうまく入れ込み、物語を進める。下敷きにあるのは太平洋戦争だが、”オペラ”というに相応しい恋愛模様と激しくも美しい戦争描写が描かれる。早く続きが読みたい逸品だ。

 

初版2019/09    小学館/ガガガ文庫

2019.10.20

書評<日本軍と軍用車両>

旧日本陸軍は主力戦車をはじめ、ハード面・ソフト面とも連合国に比べ、たいへん貧弱な状態で日中戦争以後の戦争を戦った印象は否めない。戦車が”ブリキ缶”だけだっただけでなく、輜重を担う輸送車両、すなわちトラックでさえ、数が揃わず馬匹や人力に頼っていたことを戦記を読めば見て取れる。それは、軍首脳部が戦場の実際を軽視した結果なのか?本書は日本陸軍の軍用車両のごく初期の開発時から終戦時に至るまでの実相を分析し、日本の自動車史ともいえる軍用車両の歴史を検討する。

 

欧州の自動車の歴史が、馬車の延長線上にあることは自動車に詳しい人なら誰もが知ることだ。そして、欧州は馬車を運用するため、都市部を中心に道路事情が日本とはまるで異なっていたことが、そもそも日本の国土自体の”自動車化”を遅らせたことをまず指摘せねばなるまい。明治以後の急速な工業化ととも発展した航空機・内燃機動力艦船・自動車という”三種の神器”の中で、自動車の発展が極端に遅れたのは、日本のインフラの発達具合そのものに要因があったのだ。それでも、日本陸軍は中国軍やロシア軍との交戦を経て、自動車会社の育成を含めた各種軍用車両の調達計画を立てていた。車両規格を統一した「標準車両」を量産しようとした。精神論だけを唱えていたわけではないのだ。

だが、それでも製鉄を含めた工業インフラの遅れ、民間需要の少なさによる自動車産業の発達の遅れなど、様々な要因により、結局は何もかも揃わぬまま戦争を始めてしまった。そして貧弱な生産体制が、戦況が悪くなるにつれて航空機に資源をとられていき、何もかも行き詰まったうえでの敗戦であった。個々の軍用車両の性能の低さや無能な軍上層部が敗戦を招いたのではなく、日本のインフラの発達そのものが機械化された戦争に追いついていなかった。本書を読むと、そうした当たり前の結論にしか思い至らないというのが正直な感想である。

 

初版2019/09    並木書房

2019.09.19

書評<無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争>

軍事関係のニュースで”ドローン”という単語を聞かない日はない。それほどに、無人兵器は一般的になってきた。ドローンの開発は、従来の偵察・観測・警戒といった直接攻撃に関わらないものから、ミサイルやPGMを搭載し、人的・物的損害を与えるものに移行してきている。SF映画に登場する”無人の兵団”の時代がすぐ近くまできているかも知れないのだ。本書は主にアメリカのDARPA(先進兵器開発局)といった公的機関や軍関係者、政府の政策に影響を与えるシンクタンクの専門家など広く意見を集め、その可能性と倫理的問題を論じていく。

 

ドローンを巡る開発はますます激しさを増している。先進各国はスウォーム(群飛行)といった困難な技術にトライする一方で、中東諸国の反政府組織のように、国家ではない組織もドローンを使用した戦術の開発に余念がない。本書はそうした無人兵器を巡る問題の中で、特に”兵器の自律製”に着目する。ドローンが注目されるようになったのはここ10数年のことだが、実のところ、それらは”高度なリモコン兵器”であり、武器の使用決定については、その決定思考に関するループ(OODAと呼ばれる)に常に人間が中心にいる。従来兵器にしても、例えばイージス・システムもいわば”全自動モード”を選択できるが、そこにはキル・スイッチが存在する。しかしながら、未来の戦場を予測した場合、その電波環境は著しく悪化しており、リモートコントロールは効かない状況の出現は必須である。ゆえに、無人兵器は自律に向かうはずだ。現にそうした研究も進んでいるが、本書に登場する研究者たちは、完全な自律兵器への発展に否定的だ。そこには苦い過去の教訓があり、戦場の混乱が予測されるからだ。先進兵器開発を称賛する市民、兵器を忌避する市民両方が期待あるいは危惧するほど、”無人の兵団”の開発は進んでいないし、進めるつもりもないのが、アメリカの現状だ。

しかしながら、そうした倫理的な問題を突破する政府あるいは非政府組織は必ず現れるはずであり、それに備えてDARPAは自律兵器の研究を続けている。分水嶺となるのは、いつ、どこで起こる戦闘か?我々は慎重に観察していく必要がある。

 

初版2019/07   早川書房/Kindle版

2019.09.18

書評<昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える>

アフリカや東アジアの人口増加により、世界的な食糧不足が懸念される昨今、昆虫食が注目を集めている。現在でもアフリカや東南アジアで昆虫食は日常となっているが、少なくともヨーロッパや北米では”ゲテモノ”だ。日本でも一部地域で常食されているが、一般的ではない。本書は昆虫食について多面的に論じ、それが世界に定着するにはどうすればいいか?考察していく。

もはや亜熱帯地方である日本でも、昆虫は無限に増えるものという印象は強い。食糧問題の解決に、昆虫が注目されるのは当然の帰結といえる。しかしながら、カロリーや栄養素において、現在の我々の日常食に匹敵する昆虫というのは案外少ないし、寄生虫や病原菌を避けるには、養殖した昆虫を食用にするのが妥当である。そう考えると、案外と昆虫食というのはコストパフォーマンスに合わなかったりするのだ。

また、文化的な問題もある。欧州では昆虫食は一般的なものとはほど遠いし、一部の好事家以外には見向きもされない。宗教的な側面も考慮しなければならない。そうしたタブーを突破するほどには、我々は追い詰められてはいないのだ。

本書ではそうした”昆虫食の有用性”と”昆虫食への抵抗”を同時に論じ、現実的な昆虫食を模索する。単純に昆虫食を礼賛するのではなくそれなりの文明を築いてきた我々と、昆虫との良好な関係の落としどころはどこにあるのかを探しているのだ。昆虫食とともに、昆虫と人間の多面的な関係を知ることができるポピュラーサイエンスである

 

初版2019/06   築地書館

2019.09.17

書評<ザ・ボーダー>

DEA(アメリカ麻薬取締局)のベテラン捜査官だったアート・ケラーがメキシコの麻薬カルテルの王、バレーラを葬り去って1年。メキシコには平和が訪れるどころか、麻薬王の不在により、複数のカルテルの勢力争いが激化し、激しい殺戮の連鎖が巻き起こっていた。アメリカの大物上院議員の依頼により、ケラーはDEA長官に就任、メキシコに安定をもたらすため、極秘作戦を開始する。

 

アート・ケラーのメキシコ・カルテルとの戦いの最終編。”息子たち”と呼ばれ、同志だったはずのカルテルの二代目たちの抗争は血生臭さを極め、誰も彼もが死に向かって急ぐ。メキシコの警察組織は汚職にまみれ、民衆は絶望している。アメリカには新たに強力な麻薬が蔓延する。そうした絶望的な状況を、アート・ケラーは少しでも変えようとする。今作では特に、アメリカ国内の状況への批判的な記述も目立つ。アメリカの富豪たちは、カルテルの麻薬マネーに投資失敗のカバーを期待し、カルテルはマネーの洗浄を期待する。名前ははっきり出さないが、今現在の大統領の南米への政策や態度についての批判も激しい。アメリカ社会が変わらない限り、カルテルは殺し合いを続けながらも存続していく。アート・ケラーの絶望的ともいえる信念に揺さぶられ、アメリカという国の矛盾を描き出す苛烈な物語の読後感は限りなく重い。

 

初版2019/07 ハーパーコリンズ・ジャパン/kindle版

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