2019.09.19

書評<無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争>

軍事関係のニュースで”ドローン”という単語を聞かない日はない。それほどに、無人兵器は一般的になってきた。ドローンの開発は、従来の偵察・観測・警戒といった直接攻撃に関わらないものから、ミサイルやPGMを搭載し、人的・物的損害を与えるものに移行してきている。SF映画に登場する”無人の兵団”の時代がすぐ近くまできているかも知れないのだ。本書は主にアメリカのDARPA(先進兵器開発局)といった公的機関や軍関係者、政府の政策に影響を与えるシンクタンクの専門家など広く意見を集め、その可能性と倫理的問題を論じていく。

 

ドローンを巡る開発はますます激しさを増している。先進各国はスウォーム(群飛行)といった困難な技術にトライする一方で、中東諸国の反政府組織のように、国家ではない組織もドローンを使用した戦術の開発に余念がない。本書はそうした無人兵器を巡る問題の中で、特に”兵器の自律製”に着目する。ドローンが注目されるようになったのはここ10数年のことだが、実のところ、それらは”高度なリモコン兵器”であり、武器の使用決定については、その決定思考に関するループ(OODAと呼ばれる)に常に人間が中心にいる。従来兵器にしても、例えばイージス・システムもいわば”全自動モード”を選択できるが、そこにはキル・スイッチが存在する。しかしながら、未来の戦場を予測した場合、その電波環境は著しく悪化しており、リモートコントロールは効かない状況の出現は必須である。ゆえに、無人兵器は自律に向かうはずだ。現にそうした研究も進んでいるが、本書に登場する研究者たちは、完全な自律兵器への発展に否定的だ。そこには苦い過去の教訓があり、戦場の混乱が予測されるからだ。先進兵器開発を称賛する市民、兵器を忌避する市民両方が期待あるいは危惧するほど、”無人の兵団”の開発は進んでいないし、進めるつもりもないのが、アメリカの現状だ。

しかしながら、そうした倫理的な問題を突破する政府あるいは非政府組織は必ず現れるはずであり、それに備えてDARPAは自律兵器の研究を続けている。分水嶺となるのは、いつ、どこで起こる戦闘か?我々は慎重に観察していく必要がある。

 

初版2019/07   早川書房/Kindle版

2019.09.18

書評<昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える>

アフリカや東アジアの人口増加により、世界的な食糧不足が懸念される昨今、昆虫食が注目を集めている。現在でもアフリカや東南アジアで昆虫食は日常となっているが、少なくともヨーロッパや北米では”ゲテモノ”だ。日本でも一部地域で常食されているが、一般的ではない。本書は昆虫食について多面的に論じ、それが世界に定着するにはどうすればいいか?考察していく。

もはや亜熱帯地方である日本でも、昆虫は無限に増えるものという印象は強い。食糧問題の解決に、昆虫が注目されるのは当然の帰結といえる。しかしながら、カロリーや栄養素において、現在の我々の日常食に匹敵する昆虫というのは案外少ないし、寄生虫や病原菌を避けるには、養殖した昆虫を食用にするのが妥当である。そう考えると、案外と昆虫食というのはコストパフォーマンスに合わなかったりするのだ。

また、文化的な問題もある。欧州では昆虫食は一般的なものとはほど遠いし、一部の好事家以外には見向きもされない。宗教的な側面も考慮しなければならない。そうしたタブーを突破するほどには、我々は追い詰められてはいないのだ。

本書ではそうした”昆虫食の有用性”と”昆虫食への抵抗”を同時に論じ、現実的な昆虫食を模索する。単純に昆虫食を礼賛するのではなくそれなりの文明を築いてきた我々と、昆虫との良好な関係の落としどころはどこにあるのかを探しているのだ。昆虫食とともに、昆虫と人間の多面的な関係を知ることができるポピュラーサイエンスである

 

初版2019/06   築地書館

2019.09.17

書評<ザ・ボーダー>

DEA(アメリカ麻薬取締局)のベテラン捜査官だったアート・ケラーがメキシコの麻薬カルテルの王、バレーラを葬り去って1年。メキシコには平和が訪れるどころか、麻薬王の不在により、複数のカルテルの勢力争いが激化し、激しい殺戮の連鎖が巻き起こっていた。アメリカの大物上院議員の依頼により、ケラーはDEA長官に就任、メキシコに安定をもたらすため、極秘作戦を開始する。

 

アート・ケラーのメキシコ・カルテルとの戦いの最終編。”息子たち”と呼ばれ、同志だったはずのカルテルの二代目たちの抗争は血生臭さを極め、誰も彼もが死に向かって急ぐ。メキシコの警察組織は汚職にまみれ、民衆は絶望している。アメリカには新たに強力な麻薬が蔓延する。そうした絶望的な状況を、アート・ケラーは少しでも変えようとする。今作では特に、アメリカ国内の状況への批判的な記述も目立つ。アメリカの富豪たちは、カルテルの麻薬マネーに投資失敗のカバーを期待し、カルテルはマネーの洗浄を期待する。名前ははっきり出さないが、今現在の大統領の南米への政策や態度についての批判も激しい。アメリカ社会が変わらない限り、カルテルは殺し合いを続けながらも存続していく。アート・ケラーの絶望的ともいえる信念に揺さぶられ、アメリカという国の矛盾を描き出す苛烈な物語の読後感は限りなく重い。

 

初版2019/07 ハーパーコリンズ・ジャパン/kindle版

2019.09.16

書評<狙撃手のゲーム>

アラバマで引退生活を送る伝説の狙撃手、ボブ・リー・スワガー。彼の元に、中年の女性がアドバイスを求めに来る。彼女の息子はイラク戦争で戦死したアメリカ海兵隊のスナイパーだったが、彼女は息子の戦死に謎を感じ、独自に調査を始める。中東、アフリカ、ヨーロッパ…彼女は傷つきながらも、調査を成し遂げ、息子を殺害した敵スナイパーを突き止める。スワガーは、彼女の情報をイスラエルのモサドに提供することを提案する。それが、途方もない”ゲーム”の始まりだった。

 

”スワガー・サーガ”の最新作は、まるで原点に戻ったような一人のスナイパーとの戦いであり、捜索である。FBIを引退したニック、モサドのエージェントらの助けを借り、神出鬼没のシリア出身スナイパーの探し出し、アメリカで実行されるであろう作戦の目標を突き止めようとする。完璧に見えた捜索網を突破する敵と、専門的な知識で追跡を続けるスワガーとエージェントたち。

だが本作で魅力的なのは、やはり事件をスワガーの元に持ち込む中年女性、ジャネット・マクダウェルだろう。息子を殺された彼女の執念はスワガーをして「途方もない勇気」と言わしめ、スワガーの命を救い、最後のクライマックスで犯人捜索のヒントをもたらす。遠慮がちでさえない50代女性のはずが、明晰な頭脳と行動力で読者を唸らせる。まさに主人公なみの活躍である。彼女は復讐を成し遂げたが、再登場を期待したい。

 

2019.07.24

書評<「いいね! 」戦争 兵器化するソーシャルメディア >

Twitter、FacebookといったいわゆるSNSが登場して間もないが、すでに世界中の人々に必然とされるようになった。SNSは短い文章と、決定的な一瞬を切り取った画像で世界中の出来事を瞬時に拡散する。そしてそれは、人々の感情を揺さぶり、分断させる。そういった革新的な機構が、世界の紛争・戦争に影響を与えるのに時間はかからなかった。「こども兵の戦争」「ロボットの戦争」」といった”戦争の変わり目”を的確にしてきた著者が、あらたな現代の戦争のかたちと、それに対する勝利条件を提示する。

 

ISを中心としたテロリストたちと国家機構の戦争。イスラエルとパレスチナゲリラの長きに渡る戦い。ウクライナとロシアの領土紛争。SNSが出現した後に起こった紛争は、いずれもそれが大きな影響を与えた。ISは残酷な画像と同時に、現代の世界に不満を抱える人々に”国家に対抗する理由とその物語”を与え、新兵を勧誘した。パレスチナでは、少女が激しい空爆やそれに伴う破壊と犠牲を生中継し、イスラエルを国際社会から孤立させた。ウクライナ東部を巡る紛争では、ロシア政府が民間企業に情報操作を委託し、国際社会の情勢判断を混乱させた。いずれも、武力に関係ないSNSの書き込みが、戦争の行方に決定的な影響を与えた。いわば「いいね!」の数が勝利の必然条件になってきたのだ(何を戦争の勝利とするかは別の話)。本書はまず、そもそもインターネットとは何か?という問いから過去に遡り、先に上げた事例を分析しながら、”SNSの戦争”を分析していく。国家が押し通そうとする”経済的利益と正義による戦争”よりも、SNSで拡散する”物語としての戦争”を人々が優先する時代になった理由は何か。人間は理屈ではなく、感情に左右される動物であることを理解せねばなるまい。そしてSNSはその感情を増幅し、訴える力を増していくツールである。インターネットは、その登場当初にいわれたように、人々を統合する道具ではなくなった。SNSの登場で、むしろ人々を分断していく道具になったことを本書は訴える。SNSを立ち上げたシリコンバレーの”ビリオンダラー”たちが唱える理想は、いまや幻のものであることを人々は自覚せねばならないのだ。そしてシリコンバレーにも、我々にも、等しく判断と責任が求められる時代であることを、本書は提示する。我々は21世紀における最初の戦争の形態変化を目撃していることを突きつける一冊である。

 

初版/2019/06    NHK出版/ハードカバー

2019.07.23

書評<エイズの起源>

1980年代、ニューヨークで突如出現したエイズ。最初はゲイのコミュニティを中心とした特殊な伝染病として危機感を抱かなかった世界だが、その感染性と致死率の高さが明らかになってくると、人類に対する大きな脅威と認識され、研究が始まる。エイズの原因がHIVウイルスと判定されると、その起源を追う努力も始まることとなる。本書は世界中の研究者が追ったHIVウイルス起源を追う研究をまとめ、パンデミックの謎にせまるものである。

 

HIVウイルスはチンパンジーの後天性免疫不全症候群を引き起こすウイルスを起源としている。遺伝子解析をはじめとした分子生物学でそこまでは追跡できる。だが、アフリカの奥地で暮らすチンパンジーのウイルスがヒトに感染したのはいつ、どこで?そして、どのようにして第一患者から、世界に拡散したのか。その疑問を解き明かすには、アフリカの植民地化のに伴う未開地医療、独立後は貧困に伴う売血と売春といった暗い歴史の研究が必然であった。植民地化によって、善意で為された医療行為がHIVウイルスを移動させ、遺伝子の多様化を招いた。さらに、南米のハイチの”援助”がウイルスをさらに蔓延させた。本書はそれらの歴史的事実を検証し、厳然たる事実を突きつける。文書にはまったく感情的な要素や表現はないが、HIVウイルスは人類の短期間で無計画な自然への侵入が招いた”罪と罰”といった暗い気分にさせられる。統計と確率に感情を揺さぶられる、すぐれたノンフィクションである。

 

初版/2017/07    みすず書房/ハードカバー

2019.07.22

書評<三体>

文化大革命中の粛清により父を失い、自らも北京から地方に派遣された天体物理学者の葉文潔。彼女はやがて人民解放軍と党本部の運営する大型電波施設で働くことになる。文化大革命での為された数々の愚行により、人類に絶望していた彼女がそこでとった行動により、人類は絶望的な未来を抱え込むこととなった。時は過ぎて現代。その絶望的な未来が現実なものとなりつつあった。

 

アメリカで火がつき、日本語に翻訳された話題のSF作品。天体物理学の大問題をモチーフとし、銀河系星系にまで大風呂敷を広げ、サスペンスも盛り込む。至極まっとう、正統派のSF作品である。中国が抱えている暗い過去をプロローグとしている点で「よく政府の検閲とおったな」感もあり(共産党の文革と天安門事件の扱いの違いが垣間見ることが出来る)、このSFが中国でしか書けない理由も作品の中にしっかり盛り込まれており、なるほどアメリカでもヒットするはずだ。本作は三部作のスタートとなる作品であり、ここからさらに驚きの展開が待っているそうだ。今から楽しみである。

 

初版/2019/07  早川書房/ハードカバー

2019.06.24

書評<増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊>

ナチスによるホロコーストは、何も一部の異常思想の人間が行った悪行ではないし、強制収容所だけで行われたわけではない。本書は二次大戦中、ハンブルグからポーランドの占領地に派遣された警察予備大隊と呼ばれる部隊の”普通の人びと”がいかにホロコーストに関わり、ユダヤ人たちを殺害していったのか、戦後の裁判の供述をもとに現実を再現し、人間の感情、倫理、思考を分析していく。

ホロコーストというと単純にアウシュビッツなど連想してしまうが、強制収容所に至るまでの道をつくった人々いた。本書はそうした人たちの行動、心理を描いたノンフィクションだ。ゲットーからユダヤ人を駆り立て、強制収容所行きの列車に乗せるのが主任務だが、ときには大量の処刑を実行する。だが、第101警察予備隊大隊の隊員すべてが残酷だったわけではないし、処刑について抵抗がなかったわけでもない。本書は何人かの中心人物を取り上げているが、完全に処刑実行から”逃亡”した兵士がいれば、ゲットーがある”現場”に新婦を同行させる士官がいる。そこにある感情への様々な分析が本書には展開されている。どの理論が決定的なものでもないし、人々を残酷な行為に駆り立てた要因も1つではないのは明らかだ。だが”虐殺に至る何か”を各自が意識できるのは確かだろう。

初版2019/05(増補版) 筑摩書房/ちくま学芸文庫

2019.06.23

書評<140字の戦争 SNSが戦場を変えた>

「SNSが世界を変えた」と言われて、まださほどの時間が経っていないが、SNSは既に戦争すら変容させつつある。領域国家vs非国家組織という非対称戦争がメインの戦争の形態のなりつつある昨今、戦争に関与する市民たちのSNSの投稿の影響力は絶大だ。本書はパレスチナ・ガザ地区へのイスラエルの航空攻撃、ウクライナ東部へのロシア軍の浸透といった事例を例にとり、Twitterに代表されるリアルタイムの情報発信がいかに戦争を変えたかを検討していく。

 

本書で検討されるTwitterその他のSNSによる情報発信が戦争に及ぼす影響で印象的なことは2つある。一つは戦争と同じような”非対称性”だ。イスラエルに爆撃されるパレスチナ自治区からの情報発信は、一般人であるがゆえに感情を揺さぶる。自治区の民兵たちも、感情に訴えるため、あえて悲惨な状況を投稿する。世界はイスラエルはなんと非人道的な行為をするのだ、と憤る。それに対し、イスラエルが国家として行う反論は、官僚組織や軍の組織ゆえの制限がある。フェイクニュースを意図的に流すのはさすがに抵抗があるし、ピクトグラムを使った分かりやすい状況説明も、少女の爆撃に対する悲鳴には叶わないのだ。

もうひとつは、SNS投稿の徹底的な分析が、ときに偵察衛星などの”国家的技術手段”では出来なかったことを可能にしたことだ。病的にデータ解析に執りつかれた一般人が、ロシア軍の兵士やその家族が撮影しネットに上げる写真を繋げ、ウクライナ紛争中のマレーシア航空機撃墜事件の”犯人”であるSAM(対空ミサイル)搭載車輛を特定したのだ。ここでも、市民のネット上の繋がりが国家が持つ手段を上回ったのである。

今後、国家による情報伝達の遮断あるいは偽情報の拡散が当たり前になってきたとき(すでに当たり前の国もあるが)、我々ネット民はいかに情報を捉え、判断していくのかが問われる。ネット閲覧で沸き上がる感情を抑え、情報を取捨選択することが重要になる。「誰かと戦っているような気分になること」を厳に慎むべきであることがキーであると思うのだ。

初版2019/05 早川書房/ソフトカバー

2019.06.22

書評<生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む>

ダーウィンの進化論は、現代科学のセントラルドグマの1つだ。しかし、進化論は科学の大前提である「観察と実験による再現性」のうち、観察でしかそれを証明出来ていなかった。生物の進化とは、長い時間をかけて起こるものであり、人間の寿命を前提にすれば「実験による再現」を観察できるとは考えられていなかったからだ。ところが近年、人為的な環境の変化に生物が短い時間で対応しつつあることが解明されつつあり、それを「実験」で証明するプロジェクトがいくつも行われている。本書はそうした大腸菌から魚まで、自然あるいは人工的な生物の隔離実験を紹介しつつ、実験により進化を証明する研究の最前線を紹介する。

 

進化論研究の大御所の一人であったスティーブン・J・グールドは、名作「ワンダフル・ライフ」で「進化のテープを巻き戻しても、同じ進化は再生できない」と看破した。進化とは環境変化によって”偶然”起こるものであり、ほんの小さな環境の変化であってもその生物の将来に及ぼす影響は絶大だからだ。当時は広く受け入れられたが、グールドの理論は既に古くなりつつある。生物は自然の淘汰圧に対し、従来の考えよりもすばやく反応するのだ。もちろん、環境に人為的な介入があってこそなのだが、本質的な議論に影響は及ぼさない。

本書でもう一つ、中心となる議論が「収斂進化」だ。例えば鳥とコウモリの翼の成り立ちはまったく違うが、空を飛ぶ仕組みとして、同じ形態を選んだ。このような例は自然界に無数に見ることが出来る。設定された環境の中で生物は形態的に収斂していくということが、いわゆるDNA解析を利用して証明されつつある。「進化のテープ」は「再生できる」のである。

かつて「ワンダフル・ライフ」に心躍らせたものとしては、グールドの唱える進化論の否定には少し複雑な思いもある。だが、これが科学なのだ。

 

初版2019/06 科学同人/ソフトカバー

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