2021.03.22

書評<ドナウ川の類人猿: 1160万年前の化石が語る人類の起源>

我々ホモ・サピエンスの起源を巡っては、定説である「アフリカ起源説」に疑問を投げかける新化石の発掘は相次いでいる。本書が解説する「ドナウ川の類人猿」もその1つだ。近年発掘された謎の類人猿の化石と、1160万年前の地中海の気候を概説し、その発見の意味を問う。

ドナウ川近辺といえば肥沃な土地の一つであり、人類文明発祥の地の1つでもある。そこで発見された類人猿の化石に注目が集まるのも当然だろう。本書は地中海が気候変動によって干上がっていた「メッシニアン塩分危機」と呼ばれる時代に、ヨーロッパにもアフリカのサバンナに似た気候であったこととも合わせて、人類の起源がアフリカ単一ではなかったことを訴える。

しかしながら、本書全体としては「化石の時代測定方法」や「ホモサピエンスの発展への道」といった解説に多くのページが割かれ、本論の印象は薄い。本書で取り上げる「ドナウ川の類人猿」と同じ時代の化石発掘はアジアでも進んでおり、謎が多くなるばかりの「ホモサピエンスの起源」を無理やりヨーロッパに持ってくるのは少し無理があるであろう。いま一歩の著書である。

 

初版2020/11   青土社/ソフトカバー

2021.03.21

書評<アニメと戦争>

日本のアニメ界においては、第2次大戦以前から戦争に関わる作品が製作されてきた。2次大戦後も、製作陣の世代が交代し、また視聴者層の変化に合わせて、「戦争」への距離感を変えつつも「戦争」を描いてきた。本書は戦前のショートムービーから戦後の戦記アニメ、「戦艦ヤマト」やロボットアニメを経て「この世界の片隅に」に至るまで、アニメ作品の中で戦争がどのように描かれてきたかを解説する。

自分は子供のころに夢中になった、いわゆる”リアルロボットアニメ”によって、戦争あるいは世界に対する価値観を形成されたといっても過言ではない世代である。ファーストガンダムにおいては”イデオロギーの暴走”、ダグラムにおいては”革命とその挫折”、バイファムにおいては”絶対的な正義などないこと”を学んだ。その意味において、リアルロボットアニメとは、明確に戦争映画の代替品であった。そしてそれらの作品には監督の作家性が表現されていることはいうまでもない。「反戦平和」がうたわれ、世界を見渡せば非現実的とさえいえる戦争と兵器への忌避という”平和教育”では学べない思考を、アニメは与えてくれたとさえいえる。

もちろん、こうしたアニメ表現は第2次大戦終結以後の時の流れの中で変わっていく。リアルロボットアニメ以前には、兵器と戦争の切り取りと、国体主義的な思考の復活があり、以後は冷戦終結という状況下での日本の変化に合わせたアニメが製作されている。本書はそうした変化を製作陣の世代交代を中心に語っていく。アニメは”子供向けの玩具プロモーション”と思われていた時代から、製作スタジオや監督が注目を浴び、明確に作家性が表現される現代まで、アニメは”日本国民と戦争の関係性”を鏡のように映してきたことがよく分かる。本書は「アニメと戦争」の年代記であり、評論集である。

 

初版2021/03  日本評論社

2021.01.19

書評<弾道弾 (兵器の科学1)>

強力なロケットで宇宙空間にペイロードを打ち上げ、再突入体をマッハ20を超える速度で地上の目標に投射する弾道弾は現在のところ、人類が持つ究極の兵器である。また、強力な推力を生み出すロケット技術、大気圏突入に伴う超高温に耐えうる材料技術、数千㎞に及ぶ飛行を制御する誘導技術と、技術的にも最高峰の科学技術の固まりでもある。本書は弾道弾本体やそれに対抗するミサイル探知や防衛について、数式を用いながらも平易に解説する。

本書の著者は物理学者でもあり、ロシア製兵器にも精通している。なので弾道弾の特性を解説する例としてソ連(ロシア)製のミサイルを上げるのが本書の特筆すべき点だ。そうした技術的事例を通して、ミリオタや専門家が”知ってるつもり”の知識がいかにあやふやなものかを再確認させてくれる。また、弾道弾について学ぶとき、弾道や軌道とはそもそも数学と同一と呼ぶべきものであるくらい難解なものであるが、逆に言えばそれを多少なりともその基礎を理解出来れば、ネットに溢れる不正確な情報の真偽を確かめる参考になるだろう。現代兵器の知識を求めるなら、必須の一冊である。

初版2020/11  明幸堂/ハードカバー

2021.01.18

書評<南北戦争-アメリカを二つに裂いた内戦>

南北戦争はアメリカの歴史の中で最大のターニングポイントである。アメリカが奴隷制度を巡って南部と北部に分裂し、内戦を戦ったことは現在まで多大な影響を残している。本書はその南北戦争の軍事的・政治的経緯を簡潔にまとめた入門書であり、内戦が残したものを問う。

自分を含むミリオタの多くが、南北戦争のことは意外と知らない。軍事的に見れば、第1次世界大戦ほどは兵器に革命的な進化は起きておらず、戦略・戦術も洗練されたものではない。政治的にも、リンカーン大統領を含めて意外と煮え切らないリーダーや将軍たちの姿が目立つ。だが、南北戦争中の何年かに急速に軍事、政治とも洗練されていき、現在のアメリカ合衆国になっていく。そうした変化を本書はよく捉えている。本書を読めば、2021年現在のいわゆる「アメリカの分裂」も、経済格差や人種差別といったものだけが原因ではなく、合衆国の歴史的経緯がそれをもたらしていることがよく分かる。「本書を読めば南北戦争が分かる」と書くと著者本人が笑うかもしれないが、トランプ大統領の集会で南部連合旗が躍ることに多数の意味が見いだせることは理解できる。

初版2020/12    中央公論新社/ソフトカバー

2021.01.17

書評<宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ>

近年、観測衛星が地球軌道から撮影するレーダー画像や広域写真が広く出回るようになった。その恩恵を受けている分野は多方面に渡るが、考古学もその1つである。考古学において、現地発掘調査はなくてはならないものだが、そもそもどこを掘るかは地域住民からの聞き取りや古い文献調査など多大な時間を要するものである。そこで考古学者は衛星画像に目をつけた。ジャングルや砂漠に残る人為的な直線部分、地表上にはまったく残っていない遺跡の痕跡を探す際、衛星画像は非常に有用である。特に近年、解像度が上がったデジタル画像を様々なフィルターやアプリにかけることにより、画期的な発見につながっている。本書は宇宙考古学のパイオニアであり、BBCなどとの共同プロジェクトでも有名な著者が、宇宙考古学の成り立ちについて解説し、その将来を解説する。

 

著者の専門はピラミッドに代表される、古代エジプト王国の歴史である。膨大な遺跡が存在するものの、それは広域に散らばっているし、砂に埋もれているものも多い。そうした遺跡の発掘にいまや衛星画像が欠かせないことを著者は教えてくれる。人間が歩いて調査するには限界があるし、航空機で広域を調査するにしても膨大な費用がかかる。衛星はレーダー、赤外線、可視光線を組み合わせることにより、調査の対象を効果的に見つけることが出来る。もちろん、衛星画像にも限界はある。著者はエジプトだけではなく、中世のヴァイキングの遺跡調査なども実施しているが、空振りに近いことも多い。それでも、軍事偵察衛星から発展した技術は、様々な遺跡調査に用いられるだろう。

そして著者は、エジプトで問題になっている盗掘を防ぐことにも衛星が使えると説く。定期的に軌道を周回する衛星で定点を観測すれば、侵入者を探知できるのだ。盗掘を防ぐにはそうした犯罪調査まがいのことだけではなく、そもそも盗掘が経済情勢によることを著者は主張し、格差改善を説く。個人的にこのことについては違和感があった。遺跡を発掘して多くの歴史的な遺物をエジプトから著者の出身地である欧米に持ち帰ったのは広義の盗掘ではないのか?経済格差を生み出している要因は、エジプト政府だけではなく、欧米各国にあるのではないか?こうしたことに目をつぶって説く”遺跡発掘の現在と未来”に正当性はあるのか?衛星画像の活用という冒険の面白さと同時に、遺跡発掘に伴うジレンマを感じさせる一冊であった。

 

初版2020/09  光文社/ソフトカバー

2020.11.10

書評<イスラームの論理と倫理>

気鋭のイスラム研究者、飯山陽女史。自身もムスリムであり、”カリフ復活”を熱望するハッサン中田こと中田考氏。対照的な2人のイスラム研究者が、往復書簡の形で、テロやハラールなど、イスラム教が絡む事件や社会問題を論じる。

 

新旧2人のイスラム研究者の”往復書簡”というには程遠い一冊だが、かえってイスラム教に関する2人の考え方がよく分かる。例えばISの引き起こす無差別テロ。中田考氏は、ムスリムによるテロは根本的には貧困や差別、領域領民国家という、現代の西洋の価値観との摩擦によってもたらされるとする。その論理のおかしさを指摘されると「彼らは本物のムスリムではない」と逃げをうつ。その文章自体が迂遠で言い訳じみているが、結局のところ反権力とイスラム教への傾倒がイコールで結ばれる。対して飯山陽女史は、テロの根本的原因を聖典でコーランそのものの教えに求める。基本的に、西洋に端を欲する人権その他の基本的権利とイスラム教の教えには摩擦がある。”多様性”の名のもとに、両者を同じ価値観でまとめることなど出来ないと、飯山陽女史は説明する。近年のテロやヨーロッパでの移民との諍いを見ると、飯山陽女史の分析がしっくりくると感じる。

本書はこうした2人の価値観の違いを映し出す、ある意味残酷な本だ。国際的な争いごとを、アメリカと日本の権力者に原因を求めるのはもう古い、旧来の学者の姿であると痛感する一冊である。

 

初版2020/09  晶文社/kindle版

2020.11.09

書評<DOPESICK~アメリカを蝕むオピオイド危機>

本来はガン患者など、重篤な患者に処方される強力な鎮痛薬であるオピオイド。アヘンやモルヒネと同系列の中毒性のあるこの鎮痛剤を、開発した製薬メーカーは全米の医師に”万能の鎮痛剤”として営業をかける。ちょうどその時期、アメリカでは”ペイン・コントロール”の概念が導入され、患者の痛みを和らげることこそが医師の評価とされ、医師たちも積極的にオピオイドを処方するようになる。やがて患者たちはオピオイド依存となり、オピオイドを手に入れるために人生を台無しにし、過剰摂取によるショック死を招くことになる。”処方薬”が招いたアメリカの社会問題をあぶり出すノンフィクション。

 

本書の著者はバージニア州の小さな街のジャーナリスト。彼女がオピオイド禍のノンフィクションを上梓したのにはわけがある。バージニア州やその近隣の地区は、かつては石炭採掘や製造業で賑わっていたが、それらが海外移転したために寂れた労働者の街。失業者たちは長年の労働で体を痛め、失業保険や生活保護を頼りに病院に通っていた。そこでオピオイドを処方されたのだ。彼らが最初の中毒者となり、それはやがて若者へと伝染していく。さらに、その状態を見た都市の麻薬ディーラーたちは、オピオイドに連なるハードドラッグ各種を持ち込む。結果は過剰摂取による死と、犯罪の蔓延だ。オピオイド禍は製薬会社の意図的な情報操作と、危険な鎮痛剤の過剰な処方を厭わない一部の医師が原因ではあるが、一方でアメリカのバイブルベルトと呼ばれる製造業壊滅地区の社会構造の問題でもあるのだ。

本書の後半は中毒者たちの社会復帰の方法と、その難しさが報告される。一度でも中毒に陥ると、その社会復帰の難しさがよく理解できる。家族も、地域も巻き込んで多くの人を混乱に巻き込まれていくのだ。ドラッグからの解脱はさほどに難しい。アメリカはそれを支える体制にはない。むしろ、中毒者や麻薬ディーラーを収監する刑務所産業が活況を呈している有様だ。本書にはアメリカの大分断の原因を見事に描き出している。

初版2020/02  光文社/kindle版

2020.08.09

書評<壊れた世界の者たちよ>

初版2020/07 ハーパーBOOKS/Kindle版

メキシコの苛烈な麻薬組織を巡る犯罪物語や、ニューヨークの汚職警官の戦いを描いてきた著者が放つ短編集。”アートケラーの物語”につながる国境警備に携わる人々の救いのない物語、あるいはアメリカ西海岸の個性的かつ有能な窃盗団と警官の駆け引きなど、珠玉の物語が詰め込まれている。

刹那と呼ぶにはあまりに利己的で過激に見える、犯罪者と警官の物語。あるいはどこかユーモアとペーソス溢れる、ユニークな物語。その両方を精緻な筆致で描けるのがドン・ウィンズロウの魅力だと再発見されられる短編集。南部の国境からサーファーたちのカリフォルニア海岸、ニューヨークの摩天楼を舞台に、”ハッピー・エンド”はわずかしかなく、結果的に救われない物語が展開される。まともな神経をしていては、生き抜くことすら難しいアメリカ社会。だが、救いのない物語の中でも、信念に突き動かされる主人公たちにどうしても感情移入してしまう。そえが悪でも、正義でもだ。次作が待ちきれない作家の一人である。

2020.08.08

書評<白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」>

初版2020/05 中央公論新社/中公新書

アメリカで発生した、一件の警察官の暴力による死亡案件が世界を揺るがしている。人種差別問題だ。決して新しい問題ではないが、近年の人種間の経済的格差の拡大、アメリカ建国の歴史の再解釈、あるいはBLM運動とよばれるラジカルな社会運動とあいまって、一時は大規模な暴動にまで発展した。そうしたなかでクローズアップされた思想の一つが”白人ナショナリズム”だ。アメリカにおける白人人口減少問題に危機感を持ち、現在のアメリカ社会が抱える人種差別問題について、白人の優越を唱える。もちろん、それは現在では政治的に正しい思想ではなく、公職追放の憂き目にあったりする。しかし、白人ナショナリズムはトランプ大統領の登場も相まって、勢いを失っていない。本書はアメリカ社会の問題の分析を長年続けてきた筆者が、白人ナショナリズムを唱える団体や指導的な役割を果たす個人に接触し、その実態を明かす。

現在のアメリカ社会は、個人の心情の中で、建前と内心が葛藤する社会であると思う。”ポリティカル・コレクトネス”と呼ばれる政治的な正しさに基づいた発言が重視されるが、個人、あるいは社会はそれにうんざりしている。ゆえに、白人ナショナリズムは消えない。かつてのKKKのような過激な動きは抑えられているものの、裕福な白人たちは献金で政治家を動かし、政治家は社会的な問題にうんざりした貧困層の白人に”アメリカ社会の正しさとは何か”を訴える。本質は絶望的かつ固定化・階層化された社会構造にあるはずなのに、動くのは”キャンセル・カルチャー”や”文化の盗用”に代表される、表面的なことでしかない。何もこれはアメリカだけではなく、移民問題で揺れるヨーロッパ諸国も同様だ。ゆえに彼らは連帯する。ヨーロッパでは、保守的なキリスト教的価値観を訴える政党が与党になる国も生まれつつあるのだ。本書はそうした世界の動きの”源泉の一部”にせまる著作である。

2020.08.07

書評<牛疫――兵器化され、根絶されたウイルス>

初版2020/05    みすず書房/kindle版

 

牛は人類にとって大切な食糧家畜であり、また東南アジアなどでは重量物を扱うなど労役用の家畜でもある。それゆえ、牛の大量死を招くような感染症の克服は、人類そのものの感染症と同じくらい大事だ。牛にとっての感染症の1つ、牛疫は感染力も強く死亡率も高く、そのウイルスの根絶は人類全体の課題であった。本書は完全に根絶された数少ない感染症の一つとして、牛疫とその根絶の歴史を辿る。

牛疫は牛を家畜とする人類にとって身近な感染症であったが、人類全体の問題としてクローズアップされたのは、船舶の発展により、地球の大陸間貿易がはじまった中世以後のことである。インド、アフリカ、東南アジアと家畜を移動させるたび、牛疫は世界に拡散した。そして第2次大戦前夜、「敵国の経済を破壊するため、家畜や農作物に多大な被害を与える」生物兵器としても注目されることとなる。大規模なワクチン開発が始まったのはそのときだ。カナダとアメリカの国境にある大河の孤島に研究所は設置された。そのときには免疫の獲得の仕組みはすでに知られていたが、いかに大量のワクチンを生産するか、研究者たちは苦悩する。それは中国大陸で畜産の研究をしていた日本人も一緒で、本書には日本人研究者も多く登場する。

本書のメインテーマとなるのは二次大戦後設置された、国際食糧機関(FAO)を中心とした国際機関の活動による、地球上からの牛疫の根絶の過程である。大国の様々な思惑に翻弄されながらも、冷戦の只中にあって理想に燃える国際機関は、世界中の保健機関、畜産研究所などを奔走する。その過程でワクチンの大量生産の方法も見つかり、やがて牛疫は克服された。天然痘の根絶とともに、国際機関と国際協力の力を示したのだ。

翻って、COVID-19ウイルスが世界で猛威を奮って昨今、世界はWHO(世界保健機関)の旗の元に一致団結しているだろうか?国家はWHOを信頼し、行動しているだろうか?様々なことを考えさせられる歴史書である。

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