2020.08.09

書評<壊れた世界の者たちよ>

初版2020/07 ハーパーBOOKS/Kindle版

メキシコの苛烈な麻薬組織を巡る犯罪物語や、ニューヨークの汚職警官の戦いを描いてきた著者が放つ短編集。”アートケラーの物語”につながる国境警備に携わる人々の救いのない物語、あるいはアメリカ西海岸の個性的かつ有能な窃盗団と警官の駆け引きなど、珠玉の物語が詰め込まれている。

刹那と呼ぶにはあまりに利己的で過激に見える、犯罪者と警官の物語。あるいはどこかユーモアとペーソス溢れる、ユニークな物語。その両方を精緻な筆致で描けるのがドン・ウィンズロウの魅力だと再発見されられる短編集。南部の国境からサーファーたちのカリフォルニア海岸、ニューヨークの摩天楼を舞台に、”ハッピー・エンド”はわずかしかなく、結果的に救われない物語が展開される。まともな神経をしていては、生き抜くことすら難しいアメリカ社会。だが、救いのない物語の中でも、信念に突き動かされる主人公たちにどうしても感情移入してしまう。そえが悪でも、正義でもだ。次作が待ちきれない作家の一人である。

2020.08.08

書評<白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」>

初版2020/05 中央公論新社/中公新書

アメリカで発生した、一件の警察官の暴力による死亡案件が世界を揺るがしている。人種差別問題だ。決して新しい問題ではないが、近年の人種間の経済的格差の拡大、アメリカ建国の歴史の再解釈、あるいはBLM運動とよばれるラジカルな社会運動とあいまって、一時は大規模な暴動にまで発展した。そうしたなかでクローズアップされた思想の一つが”白人ナショナリズム”だ。アメリカにおける白人人口減少問題に危機感を持ち、現在のアメリカ社会が抱える人種差別問題について、白人の優越を唱える。もちろん、それは現在では政治的に正しい思想ではなく、公職追放の憂き目にあったりする。しかし、白人ナショナリズムはトランプ大統領の登場も相まって、勢いを失っていない。本書はアメリカ社会の問題の分析を長年続けてきた筆者が、白人ナショナリズムを唱える団体や指導的な役割を果たす個人に接触し、その実態を明かす。

現在のアメリカ社会は、個人の心情の中で、建前と内心が葛藤する社会であると思う。”ポリティカル・コレクトネス”と呼ばれる政治的な正しさに基づいた発言が重視されるが、個人、あるいは社会はそれにうんざりしている。ゆえに、白人ナショナリズムは消えない。かつてのKKKのような過激な動きは抑えられているものの、裕福な白人たちは献金で政治家を動かし、政治家は社会的な問題にうんざりした貧困層の白人に”アメリカ社会の正しさとは何か”を訴える。本質は絶望的かつ固定化・階層化された社会構造にあるはずなのに、動くのは”キャンセル・カルチャー”や”文化の盗用”に代表される、表面的なことでしかない。何もこれはアメリカだけではなく、移民問題で揺れるヨーロッパ諸国も同様だ。ゆえに彼らは連帯する。ヨーロッパでは、保守的なキリスト教的価値観を訴える政党が与党になる国も生まれつつあるのだ。本書はそうした世界の動きの”源泉の一部”にせまる著作である。

2020.08.07

書評<牛疫――兵器化され、根絶されたウイルス>

初版2020/05    みすず書房/kindle版

 

牛は人類にとって大切な食糧家畜であり、また東南アジアなどでは重量物を扱うなど労役用の家畜でもある。それゆえ、牛の大量死を招くような感染症の克服は、人類そのものの感染症と同じくらい大事だ。牛にとっての感染症の1つ、牛疫は感染力も強く死亡率も高く、そのウイルスの根絶は人類全体の課題であった。本書は完全に根絶された数少ない感染症の一つとして、牛疫とその根絶の歴史を辿る。

牛疫は牛を家畜とする人類にとって身近な感染症であったが、人類全体の問題としてクローズアップされたのは、船舶の発展により、地球の大陸間貿易がはじまった中世以後のことである。インド、アフリカ、東南アジアと家畜を移動させるたび、牛疫は世界に拡散した。そして第2次大戦前夜、「敵国の経済を破壊するため、家畜や農作物に多大な被害を与える」生物兵器としても注目されることとなる。大規模なワクチン開発が始まったのはそのときだ。カナダとアメリカの国境にある大河の孤島に研究所は設置された。そのときには免疫の獲得の仕組みはすでに知られていたが、いかに大量のワクチンを生産するか、研究者たちは苦悩する。それは中国大陸で畜産の研究をしていた日本人も一緒で、本書には日本人研究者も多く登場する。

本書のメインテーマとなるのは二次大戦後設置された、国際食糧機関(FAO)を中心とした国際機関の活動による、地球上からの牛疫の根絶の過程である。大国の様々な思惑に翻弄されながらも、冷戦の只中にあって理想に燃える国際機関は、世界中の保健機関、畜産研究所などを奔走する。その過程でワクチンの大量生産の方法も見つかり、やがて牛疫は克服された。天然痘の根絶とともに、国際機関と国際協力の力を示したのだ。

翻って、COVID-19ウイルスが世界で猛威を奮って昨今、世界はWHO(世界保健機関)の旗の元に一致団結しているだろうか?国家はWHOを信頼し、行動しているだろうか?様々なことを考えさせられる歴史書である。

2020.08.06

書評<現代ミリタリーのゲームチェンジャー 戦いのルールを変える兵器と戦術>

初版2020/06 潮書房光人新書/ソフトカバー

 

中東での対テロ戦争も一段落した感があるが、その間の中国の軍事力の増大、ロシアの軍事テクノロジー開発の進展が、アメリカ軍とその同盟国軍の大きな脅威となりつつある。なかでも従来の兵器のテクノロジーの延長戦ではない新兵器、”ゲームチェンジャー”が専門家の注目を集めている。極超音速ミサイルしかり、UAVしかり。だが、それは本当に戦争を変える兵器なのか?もしそうなら、ゲームチェンジャーと呼ばれる兵器を生み出せる組織とその仕組みはどうなっているのか?最新のテクノロジーの動向に詳しい専門家の入門書。

 

ミリタリーを語る際にも流行語があり、今現在は”ゲームチェンジャー”がその最たるものだろう。だが、その兵器は”より速く、より強く”が求められる兵器開発の常道と何が違うのか?我々は印象論で語ってはいないだろうか?そうした問いに答えるのが本書である。だが、本書の本質的な部分は兵器そのものにあるのではないと思う。”ゲームチェンジャー”を生み出す発想とは何か?そのキーテクノロジーはどう開発されたか?そうしたテクノロジーを生み出す、アメリカのDARPAとはどんな組織化か?本書はそうした問いに答える。これは業種を問わず、激しい競争にさらされる民間メーカーにも求められるものであろう。従来の製品を分析し、それを改良するだけではライバルに勝てない。発想の転換が必要なのだ。それは一本道ではなく、無駄な知恵とお金を費やすこともあろう。そうした工程を乗り越えてこそ、”戦闘、戦争を変える”ものが出来上がるのだ。そういう意味で、本書はミリタリー関連本でもあり、ビジネスの参考書でもある。

2020.06.16

書評<明智光秀と細川ガラシャ>

初版2020/03  筑摩書房/選書

織田信長を討った武将、明智光秀の娘である細川ガラシャ。絶世の美女でもありながら、キリスト教信者であり、最期は非業の死を遂げた人物として、戦国時代の女性としては異例の知名度といってもいい人物である。本書は複数の著者が、海外の文献にもあたりながら、最新の研究による細川ガラシャの実像を明らかにしていく。

正直な話、呉座先生の明智光秀の実像の解説を目当てに本書を買ったのだが、クレインス,フレデリック先生をはじめとしたキリスト教関係の当時の書物を元にしたガラシャの解説などが存外に面白かった。美女で賢いという伝説は日本ではなくヨーロッパで広まり、逆上陸したこと。ガラシャが生きていた時代の、キリスト教を通したヨーロッパと日本の関係。ルネッサンスとプロテスタントの台頭により、力を失いつつあったカトリックの最後の砦の1つが日本だったことなど、意外な事実がどんどん飛び込んでくる。過大評価はいけないが、中世において、日本の存在はそれなりにヨーロッパでは知られていたということだけでも自分には目からウロコだった。たいへん興味深い歴史研究書である。

2020.06.15

書評<月の科学と人間の歴史―ラスコー洞窟、知的生命体の発見騒動から火星行きの基地化まで>

初版2020/02    築地書館/ハードカバー

人類はその歴史を絵や文字を使って最初に記録し始めたそのときから、月を描いてきた。人類最古の絵画といわれるラスゴーの洞窟の”落書き”がそれだ。以後、人類は月を眺め続け、その存在の謎を問い続けた。望遠鏡を使って観測し、地図を作成し、軌道を予測し、その成り立ちを研究した。そして、1969年、ついに人類は月に降り立つ。そうした人類と月を巡る歴史から、人と月の関係、そして将来までを記した、幅広い分野に渡って月を解説するのが本書である。

夜空に輝く月は、星々とは明確に区別され、人類は常にその存在に意味をもたせてきた。やがて神話の時代から、科学の時代に移り変わったのは、望遠鏡の発明からである。ガリレオに代表される望遠鏡の製作者、使い手たちは、長い年月をかけて月を研究した。月の観測の歴史は、人類の文明の発展の歴史でもある。

本書はそうした科学的事実から、ちまた伝えられる伝説としての月と人類の関係にも触れている。月と犯罪の関係、あるいは男女の関係は今も信じている人が多そうだが、月が人類に及ぼす”引力”は、実は見た目ほどではないのだ。月に人類が到達した後の時代であっても、どこか存在自体がミステリアスな月を、科学とロマンの両方から詳細に記した、魅力的な本だ。

2020.06.14

書評<ホット・ゾーン エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々>

初版2020/051(原著1994)  早川書房/kindle版

高い感染率と致死率。あたかも人体を溶解させるかのような、凄惨な症状。史上まれに見る凶悪なウイルスであるエボラウイルス。アフリカ奥地に潜むエボラはときおりアフリカの都市部に現れ、人々を戦慄させていた。そのウイルスが今、医療実験用に輸入されたサルとともに、アメリカに上陸しようとしていた。エボラウイルスを巡る、戦慄のノンフィクション。

 

前半はエボラウイルスの悲惨極まえりない症例を精緻な筆致で記し、後半はそのエボラウイルスのアメリカ上陸を防ぐべく活動する、アメリカ陸軍伝染病医学研究所の戦いを描くノンフィクション。ノンフィクションとはいっても、登場人物がいつどこで感染するか分からないというホラー映画のような描写で、グイグイと読者を引き込む。後半は知られざる感染症対策部隊の戦いだ。ここでも通常の戦闘とはかけ離れた恐怖を描き、エボラウイルスの凶悪さが伝わる。原著は四半世紀前のベストセラーだが、新型コロナウイルス禍の今読むと、また別の感慨がある。それは感染対策の従事者たちの戦いだ。不便極まりない防護服を身にまとい、家族を巻き込むかも知れない”戦い”に出向く。そこにはミスもあれば、縄張り争いもある。原著を25年前に読んだときは、前半の”人体溶解”ともいえる症状に衝撃を受けて、後半の感染症拡大防止の部分はいまいち印象に残らなかったが、2020年の今は、本書の後半部分こそが著者の渾身のレポートだったと分かる。ただのホラーノベルの代替ではない、今読むべきノンフィクションである。

2020.05.19

書評<アメリカン・セレブリティーズ>

初版2020/04    スモール出版/ソフトカバー

アメリカのセレブリティ、アーティストたちの動向は世界中から注目の的となる。アーティストは自らの生き方を楽曲に託し、ファンに訴えかけるとともに、様々なビジネスを展開し、リッチな生活を送る。また、アメリカのアーティストたちはフェミニズムや人種差別など、社会的・政治的問題に臆することなく向き合い、コメントするがゆえに、アメリカ社会の問題をそのまま映し出す鏡ともなる。本書は日本でもメジャーなセレブリティたちの活動を通して、アメリカのエンターテインメント業界や社会の動きを解説していく。

日本でも話題となる”#MeToo”や”文化の盗用”、”キャンセルカルチャー”という言葉はアメリカのセレブリティ界隈で生まれた言葉であり、アメリカ社会が何を問題にしたかはアーティストたちの生き方と発言そのものを知らないと理解しにくい。本書を読んでまず感じたのはこのことである。ネットのニュースでチラっと見ただけでは語れない、アメリカ社会の問題が潜んでいるのだ。本書はここ20年で差別や宗教、SNSに対して、アーティストたちがどのように向き合っているかが書かれているが、そこにはアメリカ社会に通底する問題と、新たに生まれる問題があることが理解出来る。庶民とは違う世界を生きるセレブリティたちだが、その移り変わりは見事にアメリカ社会の変化に連動している。非常に興味深い1冊である。

2020.05.18

書評<航空戦史 (航空戦から読み解く世界大戦史)>

初版2020/02    イカロス出版/ソフトカバー

 

例えば太平洋戦争末期の日本防空戦。B-29の本土空襲をまったく阻止できなかったとして、ボロクソに評価される日本の防空体制は本当に役立たずだったのか?例えば有名な”ノルマンディー上陸作戦”。以外にあまり注目されることのない、航空支援の貢献度はどんなものだったのか?いわゆる航空戦史の中でも、見落とされがちな戦いの実相を探っていく。

本書は著者が「歴史群像」誌で連載していた「航空戦史」をまとめたもの。本書では前半が日本陸軍航空隊の戦いと教訓、後半がヨーロッパ西部戦線の戦いと教訓にまとまられている。本書の特徴は前記したように、見逃されがちな航空戦を取りまとめていることだ。大雑把なイメージで語られがちな航空戦の中でも、意外な事実が潜んでいる。また、著者は技術的な事項にも精通しており、ゼロ戦を語るときに欠かせない伝説の一つ、”沈頭鋲”についても取り上げている。欧米が進んでいた面と、日本が進んでいた面と両方あることを取り上げた記事は、著者のフラットな視線ならではだ。雑誌連載をまとめたものなのでやや散文的だが、興味深い一冊である。

2020.05.17

書評<レッド・メタル作戦発動>

初版2020/04    早川書房/kindle版

 

台湾に対する中国の姿勢が日増しに強硬になっていく情勢の中、アメリカ海軍の内部では前代未聞のスキャンダルが発覚し、太平洋軍に混乱が乗じていた。アメリカ政府は中国をけん制するために戦力移動を開始した。だが、それはロシアがアフリカで失ったレアアース鉱山を取り戻すための陽動に過ぎなかった。ごく一部の情報専門家がその陰謀に気づくが、すでに作戦は動き出し、ロシア軍がポーランド国境を突破する。

ロシア軍のヨーロッパに対する限定的侵攻と、アフリカでの陸戦をシミュレートした、いわゆる軍事情報アクション。偵察衛星など情報獲得・伝達手段が発達しているものの、それに対する妨害手段も実戦を経験しつつあることを下敷きにした小説であり、ロシアによるポーランド奇襲、アフリカでの鉱山を巡る死闘など、非常にリアルに描かれている。GPSやネットをダウンさせ、地上戦力を極秘裏に移動させる手段さえみつければ、現代でも戦略的奇襲が可能なのだ。また、戦闘シーンでリアルなのはロシア陸軍の古強者である老将軍が「アメリカ陸軍はテロ対策にかまけ、野戦を忘れている」と評するところだ。いわゆる”テロとの戦い”に戦力を振ってきたアメリカ陸軍は野戦に関しては意外に実戦未経験であり、航空優勢がない状況では、例えばドローンを使った砲戦でアメリカ海兵隊は不利に陥る。また、世界各国の軍が重視する「統合作戦」を実行することが難しい状況をつくるべく、ロシアは戦力増強をはかっている。高度の射程距離を交差させた強固な対空戦力がそれだ。本書ではみんな大好き攻撃ヘリコプターはやられ役である。

本書はシミュレーション小説でありながら、現状の世界各国の軍隊の戦力組成について問題を投げかけている、意外に深い小説である。

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