書評<星屑から生まれた世界 進化と元素をめぐる生命38億年史>

かつて進化生物学者のスティーブン・グールドは著書「ワンダフル・ライフ」で「断続平衝説」を唱えた。生物の進化は一定方向にあるのではなく、偶然に支配されており、生物進化のテープを巻き戻しても同じ進化が起こる可能性は非常に低い、と。しかしながら、元素とその周期表から生物を捉えると、それが覆ることが分かってきた。元素とのその科学からみた、生物進化の物語が本書である。

元素の化学反応は常に一定方向に進む。それは化学のセントラルドグマの1つである。ビッグバンによりこの宇宙が生まれ、飛び散った元素が一定量ならば、宇宙と恒星・惑星の成り立ち、生物の進化さえも一定方向にあるはずだと本書の著者は主張し、解説していく。地球が形作られる反応の順位から、たんぱく質の反応順位さえも予測出来るはずなのだ。
本書の説は、生物学からみた進化と生体内の化学反応しか知らない自分のようなシロウト科学好きにとっては新鮮だ。近年の分子生物学にも一致する。しかしながらSF的なマインドやロマンは減るだろう。炭素原子が渡す腕の数が生物を生んだのなら、他の元素を中心にした生態系は成り立たないのだ。「星屑から~」とロマン溢れる題名だが、それがちょっと減る一冊である。

初版2017/12 化学同人/ソフトカバー

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書評<サルは大西洋を渡った>

地球上の生物はどのように生まれ、拡散・分断され現在に至るのか?ダーウィンの進化論およびヴェゲナーのプレートテクニクスの定着以後、主流となっていたのはパンゲア大陸で進化した生物が、大陸移動により分断され、またそれぞれに進化した「分断分布説」であった。ところが近年、現在の生物のDNA分析や行動分析により、風や海流といった自然現象により多くの生物が大洋を渡ったとする「分散分布説」が台頭してきている。本書はその「分散分布説」がどのように研究され、理解されてきたかを解説する。

いかにも海水に弱そうな淡水の両生類がどのようにして海を渡ったのか?あるいはなぜ、大洋を渡る能力などなさそうなサルたちのDNAが、大西洋両岸のそれぞれの種で一致点があるのか?本書はそうした「分散分布説」の謎を明かしていく。DNAの分子時計ですべてを計算するのではなく、風が昆虫を運び、大河の淡水の固まりがそのまま海水中を移動する様をフィールドワークで解明していく。パラダイムの変化を指し示す、生物学の長編である。

初版2017/11 みすず書房/ハードカバー

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書評<レッド・プラトーン 14時間の死闘>

2009年、アメリカ軍はアフガニスタンにおける対テロ戦争から抜け出せず、各地で激しい戦闘を繰り広げていた。そんな中で、特に苦闘を強いられた陣地がある。前哨地キーティング。厳しい山岳地にある小さな陣地は小さな村や産地の斜面から射ち下ろされる位置にあり、まったくもって不適切な前哨であった。案の定、キーティングは撤退直前にタリバン達の総攻撃を受けることになる。

アフガニスタンでの対テロ戦争の中で、特に英雄的な戦闘としていくつかが伝わってきているが、本書はその中でももっとも激しく、犠牲が多い戦闘のあったキーティングでの戦闘を扱ったノンフィクションである。著者は多くの犠牲者を出した部隊<レッド・プラトーン>を率い、戦闘に参加した職業軍人である。詳細な戦闘の記録、当事者たちの証言をもとに、凄惨な戦闘と、兵士の英雄的な行動をリアルに描き出すことに成功している。計画的なタリバンの戦闘行動、味方であるはずのアフガニスタン人たちの不穏な行動、激しい銃撃戦。もともと不利な戦闘に、なんとか対応しようとするプロの歩兵、味方をなんとか助けようと悪天候や対空砲火に飛び込む上空支援の戦闘機や攻撃ヘリ。激しい戦闘で繰り広げられる中での点景がうまくまとめられ、読者に息もつかせない。さらにはリーダーたちの苦悩も描かれ、決断の重さも考えさせられる。現代の歩兵戦闘の一端を知ることが出来る傑作ノンフィクションである。

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書評<JKハルは異世界で娼婦になった>

クラスのカーストでは最上位に位置していた女子高生、ハル。彼女は交通事故にあい、助けようとした同じクラスのオタクとともにファンタジー世界に飛ばされてしまう。特別な力を持たないハルは、異世界の娼館で生きていくことを決意する。

いわゆる「なろう系ライトノベル」の形をとって、実はエロい小説ということで、ネットでは一時期かなり話題になった本作。都合の良い技術(シャワーとか)が批判の対象になったが、自分としては一緒に転生したオタクが彼女を守る、みたいなありがちな物語進行ではない部分に意外性を感じた。オタクが感情移入出来る物語ではなく、あくまで主人公はハルであり、いわばハルがキャバクラでのし上がる物語といっていいんだと思う。ヘタにバトル要素も含むので、物語がとっちらかってる感は否めないが。変化球的な異世界転生小説として、個人的になありだと思う。

初版2017/12 早川書房/kindle版

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書評<アリスマ王の愛した魔物>

大国に囲まれた小さなアリスマ国に生まれな、不細工な王子。彼はすべてのモノ、コトを数字として数え、計算していく。彼は数字と計算で国情を把握し、大国との戦争にも打ち勝っていく。臣民をコンピュータ代わりにして。彼の行く着く先はどこか。その他、バイクの人工知能という身近なテクノロジーから、異星からの侵略者まで、SFの大家が送る短編集。

本作は著者の長編連絡「天界の標」のような重厚な作品ではなく、軽やかな作品集である。ネットのデータ蓄積がバイクを通して世代を繋げる身近な技術SFから、たぶんにファンタジー世界の要素を含めながらも現代科学を絡めた表題作まで、著者の多様な世界観が詰まった一冊。軽く読めるが、何度も読みたい短編集だ。

初版2017/12 早川書房/kindle版

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書評<共食いの博物誌——動物から人間まで>

「カニバリズム」は人類にとって大きなタブーの一つであり、ゆえに怖いもの見たさで多くの映画やドラマで恐怖の対象として取り上げられている。生物界全体としても、「生殖中にメスがオスを食べる」といった印象的な事象のせいで、特別な生態として捉えられがちだ。本書はまず昆虫や哺乳類の共食いの事例や、俗説とその真実を紹介し、後半で人類のカニバリズムの実例とタブーとされているわけを明かしていく。

生物に多少なりとも興味があれば、共食いは特殊なものではなく、食糧不足になればどんな動物にも発生する現象であるという事実に納得できるはずだ。「自分の遺伝子を継いでいく」という、セントラルドグマさえ理解していれば、特異な共食いの事例も理解できる。
問題は文化、文明を持つ人類だ。人類ももちろん「生存本能」に従って共食いをする。だが、カニバリズムへの嫌悪は主にキリスト教文化の影響が強い。中世の侵略者たちは「未開の人々」を支配するために利用してきた。儀式的なカニバリズムは普遍的といってもいいぐらいの事象なのに、カニバリズムを「自分たちとは違う」と差別と支配の象徴としてきたのである。
本書は最後に、共食いが実際に疾病を流行させた事例を紹介する。BSE、つまり狂牛病だ。草食動物である牛や羊に肉骨粉を食べさせる飼育法は、プリオン病原体を拡散させた。共食いは自然の摂理でも、それを不自然に超えていくと、歪みが発生する。人類と共食いの関係の不自然さを科学的、歴史的にレポートした好著だ。

初版2017/11 太田出版/ソフトカバー

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書評<エロマンガ表現史>

マンガの歴史は長く、それなりの評論もあるが、エロマンガはそのジャンルの特殊性から、なかなか批評的な文章に出会うことは難しい。本書はそのエロマンガの表現の歴史の解読に挑んだものである。「触手」「乳首残像」「くぱぁ」といったエポックメイキングな表現は誰が生み出し、継承され、マンガ読みに共通認識される"記号”となったか。サブカルだからといって茶化すことなく、あくまでアカデミックに分析する。

エロマンガが劇画と呼ばれるものから派生して50年弱。絵柄だけではなく、マンガとして進化してきた。エロという特殊性から規制もあるが、逆にそれが表現の進化を生み出したともいえる。
本書は前記したエロマンガの代表的な共通記号を歴史を分析する。いまやメジャーになった大作家のインタビュー、また海外に活躍の場を広げた作家へのインタビューも含めて、ある意味貴重な資料集となっている。
この批評書いてるワタシは45歳だが、まさにエロマンガの進化のど真ん中を生きてきたことを感じさせる一冊でもある。ソフト表現の「ホットミルク」、暴力表現に衝撃を受けた前田先生に代表される異種姦マンガ、「みさくら語」の数々。我々は何を「エロい」としてきたのか、貴重な歴史書だ。

初版2017/11 太田出版/ソフトカバー

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書評<日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入したのか>

全面的に参戦したわけではないので、日本において一般的には知名度が低い第一次世界大戦。しかしながら、現在の兵器はほぼ1次大戦のテクノロジーの延長線上にあり、世界情勢の混迷も、2次大戦後の大国の振る舞いではなく、むしろ1次大戦後の国境分割や植民地分配に影響している。本書は1次大戦の持つ歴史的影響を、分かりやすく解説する。

自分はミリオタなので、1次大戦の兵器や作戦面の知識はあるが、実質的に世界初の総力戦であった1次大戦の経済的・政治的な影響については知らないことが多かったので、たいへん勉強になった本である。著者は金融関係の出身なので、特に戦争資金の調達や総力戦での金融面の影響など、非常に興味深い事実の連続であった。各論ではなく、歴史の中の1次大戦を知る書として、最適である。


初版2017/10 PHP研究所/kindle版

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書評<戦の国>

ときは戦国時代。後世に名を遺す戦国武将が闊歩する時代において、武将たちはどのような考えのもとに、激しい時代を生きたのか。織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼の6人の物語を連作として、時代を通じた共通項を見出していく。

頻繁にドラマなどで取り上げられ、また新説が唱えられながらも語り尽くされた感がある戦国武将たち。本書の場合は、この時代の戦<いくさ>を中心に据えた物語である。まだまだ道路など発達していない時代に、道と情報の重要さを認識していた武将たち。また、騎兵、鉄砲、槍などを組み合わせた戦い方、現代でいう諸兵科連合(コンバインアームズ)を初めて編成し、戦った武将たち。500年以上経った現在にも繋がる物語である。
私自身はこの時代の知識が薄いので楽しめたが、ここからより詳しい物語を読んでいくための導入部となるべき本でもあるかも知れない。

初版2017/10  角川書店/Kindle版

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書評<病の「皇帝」がんに挑む 人類4000年の苦闘>

先進国では病死原因のナンバーワンである悪性新生物、すなわちガン。すでに紀元前の文書にその存在の記述が見られ、人類はその病に対し、様々な治療で戦ってきたが、いまだガンを完全に克服するに至っていない。本書は白血病の専門医でもある著者が、がんと人類の4000年に渡る戦いを描くノンフィクションである。

本書はいわばガンの治療法の歴史書であるが、ただ事実を坦々と綴ったものではない。一人の患者と近代的なガン治療の始祖である医師の物語でもあり、ゆえに苦闘の歴史にグッとひきつけられる。患者の方は著者が担当する白血病の患者であり、最新ではあるものの、苦しい治療の実態には思わず感情移入してしまう。医師の方はフーバーという、化学療法を最初に実践した医師であり、医師であると同時に医療における広報も重要さに気づき、政財界を巻き込んで、ガン治療の発展に大きく貢献する。学術的ではなく、あくまで人を中心に据えた病の歴史書でありながら、しっかりと最新治療を把握できる、必読書であろう。長寿社会は、何かしらのガンの患者になる確率の高い社会でもあるのだから。本書を読んでおけば、人を惑わせる怪しい代替治療を避けることも出来るだろう。

初版2013/08 早川書房/kindle版

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