書評<絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ>

「人新世」と呼ばれる言葉が使われるくらい、近年の人類は地球の生態系全体に影響を与える存在となった。世界にあまねく広がった人類は両生類、爬虫類、哺乳類などあらゆる生物を絶滅に追い込んでおり、このままでは地球の生物種の半分が絶滅するという予測もある。現在、人類は生態系の維持に目覚め、絶滅が近い動植物の保護が始まった。だが、それはときに貧困にあえぐ途上国の経済発展とぶつかり、ときに生命倫理とぶつかるなど、多くの困難に突き当たっている。果たして、現在進められている生態系保護は正しいと全面的に肯定できるのか?様々な事例を通して著者は問う。

地球の自然保護、生態系の保護は世界に共通する”正義”の1つであるはずだ。だが、本書はそれに疑義を投げかける。アフリカの貧困地域のインフラ整備と、カエルの希少種の保護とどちらを優先すべきか?経済的な問題を発端とし、著者は種の保存の是非を問いかける。希少種や絶滅種のDNAを保存することが未来への投資となるのか?一度絶滅した動物を遺伝子組み換えで復活させることが倫理的なのか?同系統の動物を交配させて数を増やせば、「種」を保存したことになるのか?本書は哲学的な意味で”種とは何か”まで問いかける。
人類が登場する以前、地球は6度の生物大絶滅を経験していると判明している。それでなくても、自然環境の変化で生物種は常に入れ替わっている。”人類が絶滅させた”というと罪の意識を覚えるが、それは日々繰り広げられる生存競争の一種ではないのか?様々な種の保存への取り組みは、一種の罪滅ぼしに過ぎないのではないか?生物と人類の科学の間に横たわる深い淵について考えさせられる1冊である。

初版2018/09   ダイヤモンド社/ハードカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争>

長時間滞空して目標を含む地域を監視、目標が確認できれば即座に攻撃する、RQ-9リーパーに代表されるUAV。人間が生み出してきた飛び道具の歴史、すなわち石器や弓、小銃やミサイルの延長線上にUAVがあると考えるのは間違いだ。UAVは敵地での”人間狩り”を可能にし、究極の”非対称の戦争”を生み出す。それは政治や外交におけるいわゆる”戦争の哲学”を変える兵器なのである。本書はUAVが内包する問題を法律的、哲学的に分析し、戦争を変えていく兵器の登場を分析していく。

本書は兵器としてのUAVの登場が戦争を変えていく可能性を法律的、倫理的、哲学的に分析していくものである。前述したようにUAVは飛び道具の歴史の延長線上にある兵器ではない。例えばオバマ大統領は世界の協調を唱え、大規模な軍事行動は控えたが、テロとの戦いにおいてUAVによる要人暗殺を容認した。時代に則さないとして禁止されたCIAの暗殺を復活させたのである。それは従来の国境に関する考え方、あるいは戦争倫理や法律を揺るがすものであり、重大な政策変更であった。小さく、軽い航空機が、政策変更を促したのだ。我々は戦争の哲学の変化の時代にいるのである。

初版2018/07  明石書店/ソフトカバー


| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<オカルト・クロニクル>

いまだ世界には様々なオカルト的な謎が存在する。雪山にトレッキングに出かけた男女7人が怪死した著名な事件から、日本の身近な神社で起きた失踪事件まで、犯罪ともオカルトとも解明できていない事件。本書は謎に満ちた事件の解明に挑んでいく。

本書は元々、ネットで有名なサイトのコラムをまとめたもの。とはいえ、著者は事件に関係する膨大な書籍や新聞記事、テレビ番組のVTRを検証し、現地へ赴き検証する。文体自体は非常にくだけて読みやすく、ときにギャグも混じるが、事件に向かう姿勢はいたって真摯である。
UMA(未確認生物)やUFO(未確認飛行物体)といったオカルトの”大物”に我々オカルト好きの目は向きがちであるが、残念ながら科学の進展、社会の変化によってそれらのネタは滅びつつあるのが現状だ。一方で、謎に満ちた失踪事件や未解決事件は、いまだ我々の社会に影を落としている。著者の決してシニカルに陥らない姿勢こそ、我々が本書から学ぶべきことかも知れない。


初版2018/08  洋泉社/ソフトカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<東欧サッカークロニクル>

著者は東欧(クロアチア、後にリトアニア)の現地に居をおくサッカージャーナリスト。それゆえ、現地のナマの情報に触れる機会も多く、サポーターとの距離も近い。その著者が、決してクリーンとはいえない東欧サッカーの現場を渡り歩き、リポートしてきたコラムをまとめたものが本書である。

1989年末の東欧革命以後、バルカン半島におけるユーゴスラビア連邦の崩壊はじめ、そこに住む人々は過酷な時間を過ごしてきた。それはサッカー界も変わらない。サッカーに対して熱狂的な国民性ゆえ、それが頻繁に政治的に利用される旧ユーゴスラビア諸国。大国の論理に翻弄される民族と小国家たち。サッカーが国におけるナンバーワンスポーツではないゆえ、経済的に困窮する小さなクラブ。いまや巨大ビジネスの場と化した西欧のビッグクラブとリーグのすぐ隣に、まったく異質な世界が広がっているのだ。
民族の自立という、民主主義の根本に従って小国家が乱立する東欧の現実をサッカーを通して知ることができる一冊である。ただし、「クロアチア人の国民性」といったステレオタイプな著者の言質が少し気になるところである。

初版2018/05 カンゼン/ソフトカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦>

辺境探検家の高野秀行氏と、歴史学者の清水克行氏が同じ本を読み、感想を議論していく対談本。大長編で名著の「大旅行記」、「世界史の中の戦国日本」など、様々な要素を含む歴史や紀行本を中心に、著者の主張やその主張が現代で意味するところを探っていく。

高野秀行氏はビルマやアフリカの奥地をはじめ辺境を渡り歩き、現地のリアルな習慣や伝説を知る人物。清水克行氏は日本中世史を学術的に研究する学者。異色ながら、様々な知識と経験を持つ2人がお互いに課題図書を提案し、読書する。意外なところで日本と世界の共通点を見つけたり、かなり異端な説を唱える本でも、読み解けば意外に正しい説かも、と思えたり、この二人ならではの解釈が面白い。ある程度の教養を身につけて、知識の土台がある2人だからこそ、議論が噛み合っていくのだろう。本の読み方を教えてくれる1冊である。

初版2018/04 集英社インターナショナル/ソフトカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派>

1990年代以降、次々に不安定化していく中東諸国。その原因として、”宗派対立”を中心にもってくる論者は多い。いわゆるシーア派とスンニ派の対立である。人々が妥協することが出来ない宗教派閥を中東の混乱の根本要因の1つとして据えると、確かに複雑な中東情勢を「理解したつもり」になれる。果たしてそうなのか?気鋭の中東学者が、中東の混迷の要因として宗派対立を解説する。

著者の「スンニ派とシーア派は宗派として対立しているわけではない。なぜなら、どちらの宗派とも相手を改宗しようとしているわけではないからである(要約)。」との一文が、我々の大いなる誤解を解いてくれる。経済、氏族、領土、資源など様々な利害対立をまとめているのがスンニ派とシーア派であるだけなのだ。もっといえば、イランとサウジアラビアという大国の中東における覇権争いが、「宗派」の名を借りているともいえるのだ。民主化や世俗化の度合いとか、イスラム教の原典への回帰など”イスラム教の論理”で語られがちな中東情勢の理解の幅を拡げてくれるテキスト的な一冊である。

初版2018/05 新潮社/新潮新書

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<シネマの神は細部に宿る>

押井守カントクが対談形式で映画を批評するコラムエッセイ集。今回は、映画が覗かせる”フェチ”を取り上げる。女性、衣装、銃火器、航空機などなど。映画製作者がこだわりぬき、映画を見た者に鮮烈な印象を残す”小道具”について、好き勝手に語っていく。

押井カントクでなくても、クリエイターなら「神は細部に宿る」を実践している人も多いだろう。本書は映画そのものの印象すら変えてしまう小道具や俳優たちを語っていく。そこは押井カントクなので非常に偏っているのだが、「そこまで考えて映画作っているのか!」と唸らされることしきりなのも確か。それと、押井カントク、けっこう他作品からいろんな要素引用してるのね。日本の稀にみるクリエイターでも、膨大な映画鑑賞が血肉となっているのだ。ある程度年齢を重ねると好みが固定されてくるものだが、玉石混交で様々な作品を鑑賞することが必要なのがよく分かる。

初版2018/08 東京ニュース通信社/ソフトカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<ロシアW杯総論>

その昔は「サッカーのトレンドはワールドカップごとに変わる」といわれていた。しかし近年、欧州ビッグクラブに資金、選手、指導者が集まることにより、チャンピオンズリーグが世界のサッカーの最先端となった。それでも、ワールドカップには独特の熱狂と、世界の特徴あるサッカーを見ることができる。本書はグループリーグの試合からすべてをテレビ観戦した著者が、ロシアW杯のピッチ上で何が起こっていたかを描き出す。

本書はいわゆるマッチリポートではない。ワールドカップの1試合、1試合を観戦したうえで、参加国がどんな準備をしてロシア大会に臨み、どんな結果を残したか、全体的な傾向を持っていたかを解説していく。弱小国と言われながら上位進出を果たした国々の武器はなんであったか?早期敗退した強豪国には何が足りなかったか?それはまさに日本代表にも通じることであり、足りないものを補えば、日本サッカーは階段をもう一歩登れるだろう。もっとも、それが一番難しいのだが。

初版2018/08 カンゼン/ソフトカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<新薬の狩人たち>

人類は”知恵”を持ち始めたその初期から、様々な薬を探求し続けている。寄生虫除けの植物の根から、現代のバイオ薬品まで、研究の進捗と停滞を繰り返しながらも、人々は人間にとって致命傷となる感染症や病気に効く薬を探し当ててきた。本書は創薬に関わる研究を続けている著者が、新薬の探求をまとめた年代記である。

本書はギャンブラーであり、ハンターである新薬の探求者たちの歴史をまとめたノンフィクションだ。それは人々の身近にある植物からはじまり、オイルや染料の研究から派生した新薬の開発、人間の益となる土壌細菌の発見やほ乳類に由来する特効薬。新薬の探求の現場の移り変わりと、それにかかわる人々の冒険と苦悩の歴史は人類の近代史とも重なっており、その関係が非常に興味深い。単に優秀な医師と科学者がいるだけでは研究が前に進まず、社会運動家とそのパトロンが必要だったピルなどは、まさに現代史で教えるべき事例だ。
それと同時に本書は新薬の探求のリスクにも言及する。「適量なら薬、過剰摂取は毒」といわれるように、薬には必ず副作用がある。副作用を避けるには膨大な試験が必要であり、ゆえに新薬は非常に高価である。薬品業界は暴利を貪っていると批判されがちだが、それならば、過剰ともいえる企業合併による業界再編は必要あるまい。新薬の探求はグローバルカンパニーにとっても巨大なリスクなのだ。
本書は素人にも薬学の歴史とその溢れるエピソードに触れることが出来る、必読のノンフィクションだ。

初版2018/06 早川書房/ハードカバー

| | Comments (0) | TrackBack (0)

書評<八九六四 「天安門事件」は再び起きるか>

1989年に起きた「天安門事件」は、現代中国においてもっともタブーな事件であることは間違いない。中国の歴史の中でもっとも民主化に近づき、政府と軍が弾圧したその事件は、中国という国家と、天安門事件に関わった人たちにとって、大きなターニングポイントとなった。本書は天安門事件に関わった人たち、リーダー格の人間からデモに参加した「普通の市民」たち、当時の中国にいた日本人留学生など、多様な人たちのインタビューを通して、天安門事件とは何だったのか、天安門事件は現在の中国に、そして世界にどんな影響を与えたのか考察する。

天安門事件当時、デモの参加者は学生が中心で、著者がインタビューした2010年~2015年前後には50歳前後になっている。デモの参加した人物たちはいまや世界の経済をリードする中国でそれなりの地位に就いている。彼らは世界情勢に関心がある他国の市民よりも、天安門事件を醒めた目で捉えている。「若気の至り」だったわけだ。
一方で、天安門事件をその後ネットで知った人物たちの置かれた現状と、考え方の方が興味深い。天安門事件をある種美化し、ネットで過激な意見を発信し、当局に目をつけられたりする。
著者も指摘しているが、日本の学生運動の挫折や、ネット右翼の台頭に奇妙な類似を感じる。市民と国家の関係は、共産主義であろうと民主主義であろうと変わらないのか?思想的な考察は本書の管轄外だが、非常に興味深い現象を著者は見出すことに成功している。
日本からは著しい経済発展に目がいきがちだが、天安門事件後、中国も指導者の複数の交代があり、揺らぎがあったのも事実。統制が厳しい習近平体制の後、中国はどこにいくのか?共産党一党支配というなの人治政治の行方は常に追っていかなければならないと感じさせる一冊である。


初版2018/05 角川書店/kindle版

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧