書評<【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派>

1990年代以降、次々に不安定化していく中東諸国。その原因として、”宗派対立”を中心にもってくる論者は多い。いわゆるシーア派とスンニ派の対立である。人々が妥協することが出来ない宗教派閥を中東の混乱の根本要因の1つとして据えると、確かに複雑な中東情勢を「理解したつもり」になれる。果たしてそうなのか?気鋭の中東学者が、中東の混迷の要因として宗派対立を解説する。

著者の「スンニ派とシーア派は宗派として対立しているわけではない。なぜなら、どちらの宗派とも相手を改宗しようとしているわけではないからである(要約)。」との一文が、我々の大いなる誤解を解いてくれる。経済、氏族、領土、資源など様々な利害対立をまとめているのがスンニ派とシーア派であるだけなのだ。もっといえば、イランとサウジアラビアという大国の中東における覇権争いが、「宗派」の名を借りているともいえるのだ。民主化や世俗化の度合いとか、イスラム教の原典への回帰など”イスラム教の論理”で語られがちな中東情勢の理解の幅を拡げてくれるテキスト的な一冊である。

初版2018/05 新潮社/新潮新書

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書評<シネマの神は細部に宿る>

押井守カントクが対談形式で映画を批評するコラムエッセイ集。今回は、映画が覗かせる”フェチ”を取り上げる。女性、衣装、銃火器、航空機などなど。映画製作者がこだわりぬき、映画を見た者に鮮烈な印象を残す”小道具”について、好き勝手に語っていく。

押井カントクでなくても、クリエイターなら「神は細部に宿る」を実践している人も多いだろう。本書は映画そのものの印象すら変えてしまう小道具や俳優たちを語っていく。そこは押井カントクなので非常に偏っているのだが、「そこまで考えて映画作っているのか!」と唸らされることしきりなのも確か。それと、押井カントク、けっこう他作品からいろんな要素引用してるのね。日本の稀にみるクリエイターでも、膨大な映画鑑賞が血肉となっているのだ。ある程度年齢を重ねると好みが固定されてくるものだが、玉石混交で様々な作品を鑑賞することが必要なのがよく分かる。

初版2018/08 東京ニュース通信社/ソフトカバー

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書評<ロシアW杯総論>

その昔は「サッカーのトレンドはワールドカップごとに変わる」といわれていた。しかし近年、欧州ビッグクラブに資金、選手、指導者が集まることにより、チャンピオンズリーグが世界のサッカーの最先端となった。それでも、ワールドカップには独特の熱狂と、世界の特徴あるサッカーを見ることができる。本書はグループリーグの試合からすべてをテレビ観戦した著者が、ロシアW杯のピッチ上で何が起こっていたかを描き出す。

本書はいわゆるマッチリポートではない。ワールドカップの1試合、1試合を観戦したうえで、参加国がどんな準備をしてロシア大会に臨み、どんな結果を残したか、全体的な傾向を持っていたかを解説していく。弱小国と言われながら上位進出を果たした国々の武器はなんであったか?早期敗退した強豪国には何が足りなかったか?それはまさに日本代表にも通じることであり、足りないものを補えば、日本サッカーは階段をもう一歩登れるだろう。もっとも、それが一番難しいのだが。

初版2018/08 カンゼン/ソフトカバー

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書評<新薬の狩人たち>

人類は”知恵”を持ち始めたその初期から、様々な薬を探求し続けている。寄生虫除けの植物の根から、現代のバイオ薬品まで、研究の進捗と停滞を繰り返しながらも、人々は人間にとって致命傷となる感染症や病気に効く薬を探し当ててきた。本書は創薬に関わる研究を続けている著者が、新薬の探求をまとめた年代記である。

本書はギャンブラーであり、ハンターである新薬の探求者たちの歴史をまとめたノンフィクションだ。それは人々の身近にある植物からはじまり、オイルや染料の研究から派生した新薬の開発、人間の益となる土壌細菌の発見やほ乳類に由来する特効薬。新薬の探求の現場の移り変わりと、それにかかわる人々の冒険と苦悩の歴史は人類の近代史とも重なっており、その関係が非常に興味深い。単に優秀な医師と科学者がいるだけでは研究が前に進まず、社会運動家とそのパトロンが必要だったピルなどは、まさに現代史で教えるべき事例だ。
それと同時に本書は新薬の探求のリスクにも言及する。「適量なら薬、過剰摂取は毒」といわれるように、薬には必ず副作用がある。副作用を避けるには膨大な試験が必要であり、ゆえに新薬は非常に高価である。薬品業界は暴利を貪っていると批判されがちだが、それならば、過剰ともいえる企業合併による業界再編は必要あるまい。新薬の探求はグローバルカンパニーにとっても巨大なリスクなのだ。
本書は素人にも薬学の歴史とその溢れるエピソードに触れることが出来る、必読のノンフィクションだ。

初版2018/06 早川書房/ハードカバー

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書評<八九六四 「天安門事件」は再び起きるか>

1989年に起きた「天安門事件」は、現代中国においてもっともタブーな事件であることは間違いない。中国の歴史の中でもっとも民主化に近づき、政府と軍が弾圧したその事件は、中国という国家と、天安門事件に関わった人たちにとって、大きなターニングポイントとなった。本書は天安門事件に関わった人たち、リーダー格の人間からデモに参加した「普通の市民」たち、当時の中国にいた日本人留学生など、多様な人たちのインタビューを通して、天安門事件とは何だったのか、天安門事件は現在の中国に、そして世界にどんな影響を与えたのか考察する。

天安門事件当時、デモの参加者は学生が中心で、著者がインタビューした2010年~2015年前後には50歳前後になっている。デモの参加した人物たちはいまや世界の経済をリードする中国でそれなりの地位に就いている。彼らは世界情勢に関心がある他国の市民よりも、天安門事件を醒めた目で捉えている。「若気の至り」だったわけだ。
一方で、天安門事件をその後ネットで知った人物たちの置かれた現状と、考え方の方が興味深い。天安門事件をある種美化し、ネットで過激な意見を発信し、当局に目をつけられたりする。
著者も指摘しているが、日本の学生運動の挫折や、ネット右翼の台頭に奇妙な類似を感じる。市民と国家の関係は、共産主義であろうと民主主義であろうと変わらないのか?思想的な考察は本書の管轄外だが、非常に興味深い現象を著者は見出すことに成功している。
日本からは著しい経済発展に目がいきがちだが、天安門事件後、中国も指導者の複数の交代があり、揺らぎがあったのも事実。統制が厳しい習近平体制の後、中国はどこにいくのか?共産党一党支配というなの人治政治の行方は常に追っていかなければならないと感じさせる一冊である。


初版2018/05 角川書店/kindle版

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書評<億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム>

現在、世界のサッカー界はヨーロッパの5大リーグを中心に回っている。プレミア、リーガエスパニョーラ、セリエAなどに所属するいわゆるビッグクラブだけではなく、本来なら地域密着の中小クラブにまで外資が導入され、チームの強化や選手の移籍などに使われるマネーが増大している。一種のマネーゲームと化しているヨーロッパサッカーの現状を解説していく。

本書はヨーロッパのプロサッカークラブが舞台の話だが、各章はロシア、北米、中東、アジアに分かれている。つまり、それらの地域のスポンサーたちがある意味でヨーロッパのサッカーリーグの主役たちなのだ。ソ連崩壊後の混乱の中、エネルギー資源で得た金をプレミアリーグで”浪費”するオルガリヒと呼ばれる新興の大富豪たち。アメリカのスポーツビジネスの論理を持ち込み、若い選手をスタートアップカンパニーのごとく投資対象にするビジネスマン。オイルマネーを背景とし、”脱石油後”の世界を生き抜くためにサッカーに投資する中東の王様たち。ビジネスと政治が分かち難いアジアの富豪。それぞれが、サッカーを利用し、ある者は大金を手にし、あるものは名誉と政治的資産を手にする。純粋にスポーツ面だけを見ていては、近年のサッカー界は理解できないのだ。
世界を席巻するマネーのグローバル化の一翼を担う、ヨーロッパの各国リーグ。ますます目が離せない。

初版2018/04 カンゼン/ソフトカバー

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書評<蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ>

アリとハチ。子供の頃からよほどインドアな生活を送ってこなかった限り、アリに噛まれたりハチに刺された経験は誰にでもあるのではないだろうか?アリもハチも身近な昆虫だが、その生態は千差万別で、その毒針から注入される毒も千差万別である。本書は著名な昆虫学者である著者が、世界中の刺針を持つアリとハチの多様な生態と毒の効能を紹介していく。

アリとハチの毒針と毒にはさんざんイヤな思いもしたが、なぜか興味深い。その巧妙な生存戦略や、”超個体”と呼ばれる哺乳類とは違った進化の形態のせいだろう。本書は刺針をもつアリとハチ(基本的に彼らは同じ属であり、仲間である)の生存戦略をまず全体的に紹介し、そこから各個のアリとハチを紹介する。本書は毒と痛みがテーマでもあり、著者本人が差された経験から痛みのレベルを1~4に分類するとともに、毒の成分を明かしていく。昆虫の毒の成分は多様であり、まだ分からないことも多いが、多様なペプチドがそれをもたらすようである。
それにしても、著者は多くのハチとアリに刺されているが、よくアレルギーにならないものである。アナフィラキシーショックとは何か、その謎も深まるばかりである。


初版2018/06 白揚社/ハードカバー

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書評<チャヴ 弱者を敵視する社会>

イギリスの貧しい労働者は<チャヴ>と俗称される。公共住宅に住み、無職か不安定な職に就き、無責任に妊娠し、わずかな収入は酒か麻薬に費やす。こうしたイギリスの貧困層はどのように形作られ、イギリスの社会にどのような扱いを受けているのか?本書はサッシャー政権以後の政策を軸に、イギリスの新たな階級社会の実態を描き出す。

サッチャー政権が誕生した1979年、炭鉱や自動車産業、造船業といった製造業は国際的競争に敗れ、イギリスは没落の一途を辿っていた。サッチャーは大胆な改革を打ち出し、ロンドンのシティに代表される金融業を中心とする産業構造の変革をはかった。だがその政策は多くの労働者の失業を招き、公共住宅で生活保護を受けて暮らす貧困層を多く生み出す。
イギリスの歴代政権は、そうした貧困層への対策を積極的に行ってこなかった。イギリスにいまや「階級」は存在せず、自助努力によって中産階級に上昇できるはずだ、というのが根拠である。ようするに「やる気」の問題だと。
だがしかし、実態は違う。貧困層は無職あるいは不安定な収入しかないサービス業に従事し、子供たちに中産階級以上の人間と同等の教育を与えられない。よく言われる「貧困の連鎖」である。
ここまではグローバル化が進展し、産業構造が変わった先進国によくある話ともいえる。イギリス独特の状況というのは、彼ら貧困層を攻撃することが許されていることだ。上流階級出身のマスコミは労働者階級の実態を知ろうともせず、わずかな事例を基に労働者階級の人間性と意欲のなさを問う。政治家も計画性もなく妊娠する女性たちの人格を攻撃する。弱者との分断が積極的に行われているのだ。政府にとって「救うべき弱者」ではないのだ。
そして労働者階級は、不満を中産階級や政治家に向けるのではなく、移民にぶつける。弱者の敵は弱者、というわけだ。
翻って我が日本。製造業はなんだかんだ言いながら持ちこたえているが、中国など新興国の台頭により、それがいつまで続くか分からない。マスコミは一応弱者の味方のふりをするが、その偏狭なポリティカルコレクトネスが、逆に反感を買っている。
社会を論じる際、ネットや本でよく「欧米では~」という言質を目にするが、本書はリベラルな社会であるはずの欧米の実態を暴いている。ここにいたらぬようにするにはどうすべきか、そのヒントも本書にはあるので、ぜひ政治家にも読んでほしい本である。

初版2017/07 海と月社/ソフトカバー

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書評<アメリカ超能力研究の真実――国家機密プログラムの全貌>

オカルトの代表格の1つ、超能力。第2次大戦後、人間の能力を拡張しようとするブームが訪れ、一時期は裕福な資産家やアーティストが、こぞって透視能力や遠隔操作能力を持つと自称する超能力者や、超能力を研究する科学者を支援した。厳格な現実主義者たちの集団であるはずの軍隊でも、超能力の研究に力を注ぎ、実戦投入しようとした。本書は推測やウワサに頼ることなく、公開されたアメリカ国防省の公文書や、研究組織に所属した関係者のインタビューを通じて、陸軍による超能力研究の実態を明かしていく。

日本でも70年~80年代にブームとなった超能力。そのブームの中心人物であるユリ・ゲラーも本書に登場する。また、超能力ブームの延長戦に存在した”超能力捜査”で数々のテレビに出演した自称”能力者”も登場する。要するに、アメリカ軍と日本のテレビの両方に主要人物が関わるくらい、超能力ブームとは閉鎖的で、少人数の間で起こったことなのだ。だが、あくまでアメリカ陸軍は超能力の研究にあくまで本気だった。そこにはソ連の影がちらつく。ソ連が超能力の研究をしているという情報が、アメリカ陸軍の上層部を惑わす。ここにも冷戦があったのだ。
だが、現実は厳しかった。奇跡は確かにあったのかも知れない。しかしそれは属人的なもので、軍が望むように「訓練して身に付く能力」ではなかったのだ。
本書は超能力を否定するものでも肯定するものでもない。だが、本書の最後にユリ・ゲラーが超能力を通して各国の要人と親しくし、またイスラエルの要人と親しくことを示唆しているのは意味深い。

初版2018/03 太田出版/ソフトカバー

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書評<ウルフ・ボーイズ――二人のアメリカ人少年とメキシコで最も危険な麻薬カルテ>

テキサス州ラレド。メキシコとの国境の貧しい街は、メキシコで跋扈する麻薬カルテルたちの影響を大きく受け、街の少年の多くは10代で犯罪に走る。そんな環境の中で、10代でシカリオと呼ばれる暗殺者となった少年たちと、それを取り締まる若き警官。本書はラレドの街とメキシコにはびこる犯罪と、10代にして終身刑になった少年の過激な行動とその内面に何があったのかを綴るノンフィクションである。

メキシコの国境の街に蔓延る麻薬カルテルについては、多くの書物や映画で取り上げられてきた。本書はその中でもライバルの組織やカルテル内の敵、果てはリーダーの元カノとその彼氏など、邪魔者は殺していくシカリオと呼ばれる暗殺者となった少年の物語である。アメリカの援助で訓練を受けた警官や兵士がカルテルに鞍替えし、少年たちを訓練する。修羅場をくぐり抜けた主人公たちは、殺人を重ねていく。貧しい街では手にすることのなかったカネとプライドを手に入れ、カルテルの幹部たちの指示に黙々と従う。だが、それもやがてカルテル同士の抗争の中でミスを犯し、警察に追い詰められていく。
本書は一方で、メキシコとテキサス、国境を挟んで揺れる人々の歴史の物語でもある。歴史の中で無理矢理引かれた国境線に翻弄される貧しい人々。残酷なカルテル、賄賂が常態化している警察はじめとする自治隊、政府組織。近年のカルテルの活動は、急に立ち上がったわけではないことを本書は教えてくれる。

初版2018/03 青土社/kindle版

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